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「KiRI、もしくは殺害した犯人がゴーストなのですか?」
六道はすかさず尋ねる。東雲探偵事務所の《死刑執行人》がこうして呼び出されたのだから、そう考えるのが妥当だ。
「加害者と被害者ともにゴーストだが、問題はそこではない。厄介なのは容疑者とみられる男が《アラハバキ》の構成員だという点だ」
九曜計都はそう告げると、机の台にあるディスプレイを指先で操り、ある男を写した画像を空中に浮かべる。
男性の年齢は二十代後半だろうか。容姿にこれといった特徴はなく、通勤途中のサラリーマンだと言われてもおかしくない風貌だ。もっとも外見だけで判断するわけにはいかないが。
「容疑者の名は滝本蓮次。彼はKiRIの熱心な追っかけで、KiRI側の事務所でも有名な人物だったらしい」
九曜計都の説明を聞き、六道はかすかに眉をひそめた。
「被害者が《レッド=ドラゴン》に縁のある者で、加害者は《アラハバキ》の構成員ですか……確かに穏やかな話ではありませんな」
「その通りだ。KiRIは《東京中華街》では絶大な人気を誇っていたらしい。その人気歌手が敵対勢力である《アラハバキ》のゴーストに殺された疑いがあるのだ。《レッド=ドラゴン》側がどれだけ殺気立っているか、容易に想像がつくというものだろう?」
「《アラハバキ》側は何と?」
「『この件はあくまで滝本の起こした個人的な事件であり、組とは関係ない』の一点張りだ。もっともどこまで本当か分からん。滝本は逃走して行方不明となっているため真相は藪の中だ。もし仮に《アラハバキ》が殺害に関与していたとしても、素直に認めるはずがないだろうしな」
(つまり俺たちに事件の真相を調べろってことか……)
深雪は《収管庁》に呼び出された理由に得心がいった。この殺人事件は《アラハバキ》と《レッド=ドラゴン》の双方が大きく関わっている。
しかし本来、事件を捜査をすべき警察はゴースト犯罪に関与できず、ゴーストへの捜査権も与えられていない。
そこで《アラハバキ》にも《レッド=ドラゴン》にも属さない第三者に介入させようというのだが、《収管庁》は捜査に不慣れだし、彼らアニムスを持たない普通の人間にはゴースト相手の調査は危険すぎる。
だから《中立地帯の死神》として名の通った東雲探偵事務所の《死刑執行人》が適任だと判断されたのだ。
九曜計都は机の上に肘をつくと、念を押すようにして身を乗り出す。
「この事件を一刻もはやく解決しなければ、《監獄都市》全体に混乱をもたらすばかりか、最悪の場合、《アラハバキ》と《レッド=ドラゴン》の全面戦争すら招きかねん。そういった事態を防ぐためにも第三者が介入し、客観的な事実を調べ上げる必要がある。そこで東雲探偵事務所に白羽の矢が立ったのだ……お前たちのすべきことは分かるな?」
その鋭く引き絞られた両眼が六道へと注がれる。
「もちろんです。さっそく滝本の行方を追い、事件の真相を突き止めましょう」
「ふん……ではすぐに《東京中華街》に向かえ。《アラハバキ》と《レッド=ドラゴン》には、お前たちの事務所が事件の調査に当たると伝えてある。《監獄都市》の秩序のためにも可及的速やかに事件を解決するのだ……分かったなら下がれ。話は以上だ」
九曜計都は用件を口にし終わると、まるで犬でも追い払うかのように片手を振った。厄介者はさっさと行ってしまえと言わんばかりだ。
それ以上、長居する理由も無かったので、深雪は促されるまま六道や流星とともに長官室をあとにする。
廊下に出て扉を閉めると、暗い穴倉から外に出たような清々しさと開放感に、深雪は大きく深呼吸をした。
「あー窒息するかと思った……!」
すると先に廊下へ出ていた流星が振り返り、声を上げて笑う。
「ははは。だから言っただろー、卒倒するなよって」
「まさか、あんなおっかない人だとは思わなかったよ。ほんと、人は見かけによらないな」
「お前も、あの九曜計都を相手によく頑張ったよ。お疲れさん」
その言葉で深雪ははたと思い出す。六道が事務所を深雪に譲るつもりだと告げたところ、流星はまったく驚いた素振りを見せなかった。どう考えても事前に知っていたとしか思えない。
「流星。あの……事務所の後継者のこと知ってたんだ?」
すると案の定というべきか、流星は頷いた。
「ああ……つっても俺も昨日、所長から聞いたばかりだけどな」
「その、何て言ったらいいのか分からないけど……」
猛烈に気まずくなって、もごもごと口ごもる深雪。流星はその背中を笑って叩いた。
「別に変な話じゃないだろ? 胸を張って堂々としてろよ」
「……うん」
「詳しい話はまた今度にしよう。今はやらなきゃいけない事がある」
「ああ、そうだな」
流星が話を先延ばしにしてくれて、深雪はほっとしてしまう。
(俺がこの事務所を継ぐことを、流星は内心ではどう思っているんだろう……今の様子だと不満を抱いてるようには見えないけど、流星のほうが東雲探偵事務所への貢献度はずっと高いし、自分が六道に蔑ろにされていると感じてもおかしくはない……)
それを考えると深雪は流星の胸中を知るのが怖くもあった。
一方、六道は廊下に出るなり端末を起動させ、どこかに連絡をしていたが、用事がすんだのか杖を突きながら深雪たちのところへ戻ってくる。
「二人とも一旦、事務所に戻るぞ。それから《東京中華街》に急行してくれ。《レッド=ドラゴン》と話をするなら、神狼が同行したほうがスムーズに事が進むだろう。事務所で合流するよう伝えてある」
「分かりました、ありがとうございます。……行くぞ、深雪!」
「ああ!」
歌姫KiRIが殺害された今回の事件は、一見すると熱烈なファンと芸能人の間で起きた個人的なトラブルのようにも見える。
人気アーティストにストーカーじみたファンがつきまとう事件は、それこそ二十年前にもあったし、古今東西、決して珍しい話ではない。
だが《アラハバキ》と《レッド=ドラゴン》がからんでいる背景を考えると、「よくある話」と簡単に片付けることはできない。少しでも対応を誤れば、血で血を洗う事態にもなりかねないからだ。
小さな火種が大火を招く―――この街では特にだ。今回の事件はいつもより慎重に当たらなければ。
深雪たちはエレベーターで地下駐車場に向かうとSUVで事務所に戻ることにした。
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