第3話 《関東収容区管理庁》からの呼び出し

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第3話 《関東収容区管理庁》からの呼び出し

 その翌日、深雪もまた東雲探偵事務所の屋上でため息をついていた。  前回、人身売買組織のからんだ事件で、深雪は初めて《リスト執行》を経験した。  結果的には深雪の担当した《リスト執行》対象者は、あらかじめ悪魔(オグル)によって仕込まれた血管腫で死んでしまったのだが、それからというもの、深雪はひんぱんに抗争の鎮圧(ちんあつ)に駆り出されるようになった。  ようやく戦力として認められたというのが一つ。もう一つは事務所の人員が不足しているので、一刻もはやく現場に慣れさせなければと流星たちが危機感を抱いているからだろう。  現状の少ない人員では、いざ何か起こった時に対応しきれない。前回の事件でも、《リスト執行》の直前でオリヴィエと連絡がつかなくなり、計画そのものが中止になってしまうところだった。  もっとも今の深雪に任せられているのは、主に後方支援(こうほうしえん)だ。経験が浅いので前線には立てないし、爆発系のアニムスである《ランドマイン》は破壊力が強すぎて、抗争の鎮圧(ちんあつ)には向かないのだ。  ともかく深雪は以前とくらべると、かなり忙しい日々を送っていて、火矛威(かむい)のもとや《ニーズヘッグ》の拠点(きょてん)を訪れる暇がなかったのだ。  そんな折、火矛威(かむい)から直に会って話がしたいと連絡が入ってきた。深雪はどうにか仕事の合間をぬって火矛威に会いに行ったのだが、そこで告げられたのは衝撃的(しょうげきてき)な言葉だった。 (……いや、あれは俺も悪いんだ。火矛威が怒るのも当然だ。でも……)  深雪がやるせない思いを抱えつつ、屋上の手すりを背にして座りこんでいると、シロが屋上に姿をあらわした。 「ユキ、ここにいたんだ?」   シロはいつもの濃紺色のセーラー服姿で、動きに合わせてスカートの(すそ)がひらりと舞った。深雪の姿を認めると、頭上の獣耳が嬉しそうにひょこっとはねる。  しかし、すぐ深雪が落ちこんでいることに気づいたのだろう。そばに駆け寄ってくると、同じように手すりを背にして隣に座った。 「……どうしたの? 最近、元気ないよ。何かあった?」 「シロ……」 「やっぱり……火澄(かすみ)ちゃんのこと? 最近、火澄ちゃんのところにぜんぜん行ってないよね?」 「シロにはお見通しか。悪いのは俺だ。不用意に火澄ちゃんを事件に巻き込んでしまったから……。でも、それをはっきり言われると、さすがに(こた)えるよ」  深雪が火矛威(かむい)に呼び出されたのは、昨日のことだった。急いでリム医師の診療所にある病室へ向かうと、火矛威は強張った表情で単刀直入に切り出した。 「え……火澄ちゃんにもう会わないで欲しいって……何でだよ? この間、誘拐事件に巻き込んでしまったからか!?」  深雪は驚いて詰めよるが、火矛威の表情は硬いまま、並々(なみなみ)ならぬ決意を浮かべている。 「分かってくれ、深雪。お前が俺たち親子に本当に良くしてくれている事は、俺も分かってる。お前は再会してからずっと、俺にも火澄にも、まるで家族みたいに接してくれた。でも……この間の事はさすがに耐えられなかった。まさか自分の娘が誘拐されるだなんて……!! 火澄に二度と会えないんじゃないか、あの子の身にもしもの事あったら……そう考えると、食べるものも(のど)を通らず、夜も眠れなかった!」 「火矛威……あれは俺が迂闊(うかつ)だった。よく考えもせずに火澄ちゃんを調査に協力させて、あんな事になってしまった。どれだけ謝っても謝りきれないよ。本当に……俺の判断ミスだ」  深雪は幾度となく口にしてきた謝罪を繰りかえし、火矛威に深々(ふかぶか)と頭を下げた。火澄が行方不明になったチームメイトの捜索(そうさく)に加わりたいと申し出た時、深雪はあまり深く考えずに許可した。いま考えれば、あれは明らかに軽率(けいそつ)な判断だった。しかし、火矛威は静かに首を振る。 「勘違(かんちが)いしないでくれ。俺はお前を責めているわけじゃない。ただ……火澄はまだ子どもだ。物事の良し悪しを自分で判断できる年じゃないし、お前の仕事にも興味本位(きょうみほんい)で首を突っこんでしまう事もあるかもしれない。俺はただ、あの子を危険から遠ざけたいだけなんだ」 「……」 「深雪、お前は《死刑執行人(リーパー)》だ。でも……火澄はそれがどういう事なのか、まだよく理解していない。だから、こうするしかないんだ。俺を恨んでもいい。しかし、あの子の事を考えるなら……どうか分かってくれ」  そこまで頼みこまれたら、さすがに返す言葉が無かった。火矛威(かむい)の気持ちはよく分かる。自分の子どもが危険な目に遭ったのだ。親であれば誰だって心配するだろうし、二度と危険には近づけまいとするだろう。  火矛威は親として当然の判断をしているだけだ。それでも食い下がるのは結局のところ、深雪の身勝手(みがって)でしかない。 「……分かったよ、火矛威。お前が言う事は、もっともだと俺も思う。でも、何かあったら、またいつでも言ってくれ。必ず力になるから」  火矛威は一瞬だけ瞳を揺らしたものの、そのまま視線をそらす。 「……すまないな、深雪」  それっきり、火矛威たちからの連絡は途絶えたままだ。火矛威たちは、このまま深雪と関係を絶ってしまうつもりだろうか。火矛威は近々、退院すると言っていた。せめて新しい住所や連絡先は知っておきたかったのに。  本当に帯刀親子と疎遠(そえん)になってしまうかもしれないと考えると、やはり精神的なショックは計り知れず、深雪はこうして事務所の屋上で肩を落としていたのだった。 「元気出して、ユキ。きっとまた火澄ちゃんと仲良くできるよ。だってユキは、火澄ちゃんのことも、火澄ちゃんのお父さんのことも、とても大切にしてたんだから。ちょっとだけ……気持ちがすれ違ってるだけだよ」 「……そうだといいな。ありがと、シロ」  二人がそんな会話を交わしていると、腕輪型端末のライトが点滅(てんめつ)し、立体ホログラム装置が起動する。そして軽快な効果音とともに、マリアの操る二頭身のウサギのマスコットが空中に浮かび上がった。 「何よ、深雪っちってば。まーたウジウジしてんの? 屋上で空なんか見上げちゃってさ、ホント好きよね~。たそがれてる俺カッケー、みたいな? ぶっちゃけ自意識過剰(じいしきかじょう)でウザいんですけど~」 「……ごめん、マリア。俺、本当に落ちこんでるんだ。だからマリアの相手をしてあげるような精神的な余裕もまったく無いんだ」  はあ、とため息をつきながら、なおざりな返事をすると、マリアは見るからにムッとする。彼女はいつも深雪をからかうクセに、相手にされないのは嫌なのだ。 「ちょっと……誰が誰を相手にしてあげてるってのよ!? だいたいね、帯刀火矛威が火澄ちゃんを深雪っちから遠ざけたのは、嫉妬(しっと)に決まってるでしょ! 大切な一人娘に余計な虫がつきまとってるんだもの。早々に駆除(くじょ)してしまおうって考えたのよ!」 「なに言ってるんだよ。俺は火澄ちゃんに恋愛感情は抱いてないし、火矛威だってそれは良く知ってるはずだ」  穿(うが)った主張を展開するマリアに、深雪はあきれたように言い返す。 (そもそも火澄ちゃんと俺は……血縁関係みたいなものなんだし)  火澄と火矛威の親子は、血が繋がっていない。火澄の実の母親は、かつて《ウロボロス》というチームで一緒だった式部真澄(しきべますみ)で、父親は深雪と同じクローンである雨宮御幸(あまみやみゆき)だ。  深雪は雨宮御幸と直接会ったことはないが、生物的には同じ遺伝子を持つ、双子の兄弟のような存在だ。だから雨宮御幸の血を継ぐ火澄は、深雪にとって(めい)のような存在なのだ。  ちなみに母親の式部真澄は《レッド=ドラゴン》の六華主人である紅神獄(ホン・シェンユイ)に成り代わっており、父親である雨宮御幸は、《アラハバキ》の総組長である轟虎郎治(とどろきころうじ)の息子、轟鶴治(とどろきかくじ)としてその生涯(しょうがい)を終えた。  《レッド=ドラゴン》と《アラハバキ》は《監獄都市》において大きな勢力を誇っているが、長きにわたって対立してきた、まさに天敵同士だと言える。  双方の組織の重要人物を両親に持つ火澄の素性(すじょう)は、《監獄都市》では絶対に知られてはならない機密事項(きみつじこう)なのだった。  そこまで考えた深雪は、ある可能性に気づき、不意にはっと息を呑んだ。 (そうか……火矛威(かむい)が俺と火澄(かすみ)ちゃんの関係に、どこまで気づいているか分からないけど、警戒してもおかしくはない。何せ、俺と火澄ちゃんは、血が繋がっているようなものなんだから。火矛威が火澄ちゃんを自分の子どもとして愛しているなら、なおさらだ)  火矛威が自分から真澄や雨宮御幸の関係を深雪に話したことからも、雨宮御幸と深雪、そして火澄の関係性に気づいている可能性は大いにある。  もしそうであるなら、火矛威の懸念(けねん)は完全に誤解(ごかい)だと深雪は伝えたかった。深雪には、火矛威と火澄の親子関係を引き裂くつもりは無いのだから。  もっとも火矛威から直接、言及されたわけではないため、はっきりとした確証も無いのだが。 「ユキ?」  「ああ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」  深雪がシロにそう答えていると、今度はマリアが何故だか腹立たしそうに続ける。 「ホンット、薄情(はくじょう)よねー! 深雪っちは帯刀親子のために、あんなに奔走(ほんそう)したっていうのにさー。自分の怪我が回復して、もう少しで退院できそうだからって、じゃあハイ、サヨナラだなんて!」 「仕方ないよ。火澄ちゃんの誘拐は俺にも責任がある。でも……俺のこと(はげ)ましてくれてありがとな、マリア」 「はあ!? 深雪っちのことなんか、あたしが励ますわけないでしょ! だいたい、どうしたら今までの流れがそう聞こえるってのよ!? 耳が腐ってんじゃないの!?」 「マリアは素直じゃないからね。俺もだいぶ慣れてきたよ」 「……あっそ! 勝手にそう思ってれば!?」  照れくさいのか、それとも(しゃく)にさわるというだけなのか。ムスッとしてそっぽを向くウサギのマスコットに、シロは不思議そうに尋ねる。 「マリアは素直じゃないの?」 「ほらもう、シロに変なこと教えないでよね。それより所長がお呼びよ!」  「六道が……?」  深雪は首をひねった。六道が深雪をわざわざ呼び出すなんて、何かあったのだろうか。不思議に思っていると、マリアは別の質問を繰り出した。 「……ところで深雪っち。スーツは持ってる?」 「いや……喪服なら持ってるけど」 「何で持ってないのよ!? スーツは男の戦闘服でしょ!?」 「だって、持ってたところで、この街じゃ着る機会がないじゃんか!」  思わず反論すると、マリアは目を細め、深雪の全身を無遠慮(ぶえんりょ)にじろじろと観察する。 「もー、仕方ないわね! 流星のお下がりがあればいいけど……でも、深雪っちじゃ絶対に、どこからどー見ても、まったくとことん、サイズが合わないわよねー」 「わざとらしく強調しなくてもいいよ……っていうか、どうしてスーツが必要なんだ?」 「そりゃ、これから旧都庁に行って、お偉いさんに会うからよ」  深雪は、ぽかんとしてしまった。旧都庁と言えば、まだ東京が首都だった頃に何度か目にしているが、東京が《監獄都市》となった現在は《関東収容区管理庁》に鞍替(くらが)えしているはずだ。  そんな場所に、何の用があるというのだろう。  疑問は抱いたものの、マリアが急かすので、深雪は慌てて用意に取りかかったのだった。
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