第4話 九曜計都との面会 

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第4話 九曜計都との面会 

 《収管庁(しゅうかんちょう)》長官室は、旧都庁の第一本庁舎の七階にあった。都知事室をそのまま長官室に改装したものらしい。  部屋の前では秘書官が深雪たちの到着を待ち受けていた。こちらの姿を確認するや否や、長官室の扉をノックし、「東雲探偵事務所の《死刑執行人(リーパー)》がお見えです」と告げる。すると中から「入りたまえ」というハスキーな声が返ってきた。  長官室で待ち構えていたのは五十代ほどの女性だった。深雪も画像で見た覚えがあるから間違いない。九曜計都その人だ。  だが、長官室の執務机に座っている彼女はひどく不機嫌に見えた。両肘を机につき、口元のあたりで両手を組むと、入室してきた六道をぎろりと睨む。 「ようやく来たか。この死神どもめが」  ざらりとした声音でそう吐き捨てる。想像していたよりもずっと低く、しかも乱暴な口調だ。しかし六道は慣れているのか、臆することなくさらりと答える。 「お待たせしてしまったようですな。申し訳ありません」 「フン……よくもぬけぬけと言えたものだ。いいか、《収管庁》は断じて貴様らの傀儡(かいらい)ではない! 我々がその気になれば貴様らなど簡単に叩き潰すことができる……それを忘れるな!!」 「当然です。よく心得(こころえ)ていますよ」 「どうだかな? 先日の北米系マフィアに関する《リスト登録》の件では無茶な要求ばかりしおって……一歩間違えば間違いなく国際問題だった! 私が長官の間は二度とあんな案件は認めんぞ! よく覚えておけ!!」  面と向かって罵声(ばせい)を浴びていると、鉄の棒で殴られているような感覚に(おちい)ってくる。まるで首根っこを全力で押さえつけられているような精神的なプレッシャーを感じてしまうのだ。 (あー……確かに猛者(もさ)だな。怖いっていうか、おっかない人だ)  もっとも九曜計都の威圧(いあつ)も六道には効果があるようには見えなかったが。どんな罵詈雑言(ばりぞうごん)を叩きつけられても、まるで屋久島(やくしま)の杉のように泰然(たいぜん)とたたずんでいる六道の姿はとても頼もしい。  おかげで深雪も極度(きょくど)に緊張することなく、どうにか平静を保っていられる。  そう思ったのも束の間、深雪は九曜計都(くようけいと)とうっかり視線がかち合ってしまった。慌てて視線を外し、背筋を正すも、九曜計都の興味をそらすことはできなかったようだ。 「何だ……? 見ない顔だな」  いぶかしげに深雪を観察する九曜計都に、六道がすかさず口を開いた。 「うちの事務所で新しく雇った《死刑執行人(リーパー)》です。と言っても、雨宮が事務所へ来たのはもう半年前以上も前のことですが」 「雨宮深雪と言います」  そう名乗っただけなのに、やけにのどが渇く。九曜計都は緊張する深雪を遠慮なく眺めると、小馬鹿にしたように口元を歪めた。 「ふん……? ずいぶんと若いようだが、使いものになるのか?」 「ええ、もちろん。ゆくゆくは、この雨宮に事務所を(ゆず)ろうと思っています」 「……!!」  深雪ははっとして六道の背中を見ると、それから隣の流星に視線を向けた。まさか六道が後継者問題を口にするとは思わなかったから、当の深雪が一番驚き、慌ててしまった。  しかし六道はもちろん、流星にも動揺(どうよう)は見られない。その様子から流星はすでに深雪が後継者であることを知っていたのだろう。 (もしかして、さっき流星が俺に話しかけたのはその事だったのかな……? だからあんなに言いにくそうだったのか……)  それを聞いた九曜計都は皮肉(ひにく)のまじった嘲笑(しょうちょう)を浮かべると大笑いをはじめた。 「ハハッ……正気か? 本気でこの子どもをお前の事務所の所長に()えるつもりか!? こんな何の社会経験もなさそうな《ストリート=ダスト》もどきが《中立地帯の死神》の跡を継げるものか!!」  容赦(ようしゃ)のない侮蔑(ぶべつ)はもちろん深雪に対するものであるが、同時にその選択をした六道にも向けられている。  けれど六道は微塵(みじん)も表情を動かさず、静かに九曜計都へ答える。 「ご存知の通り、ゴーストは短命です。ゴーストとなった年齢やアニムスによって多少の変動はみられますが……十分な経験と研鑽(けんさん)を積ませ、成熟(せいじゅく)するのを待っていたらゴーストはあっという間に寿命がつきてしまいます。我々に限っては若さは短所とはなり得ないのですよ」 「大した詭弁(きべん)だな。寿命の長短がどうであろうと子どもには変わりあるまい。……雨宮といったな。君は今、何歳だ?」 「十八歳です」 「一般社会ではまだ学生であり、親の庇護下(ひごか)にある者も多い……そんな年齢だな。どうだ、雨宮? 君は自分が東雲探偵事務所を継ぐにふさわしいと思っているのか?」 「それは……」  彼女の指摘は深雪自身が嫌というほど理解している。だが力不足を素直に口にするのは(しゃく)だし、本音を言ったところで弱音を吐いていると断じられのがオチだろう。  いったいどう答えるべきなのか。隣に目をやると、流星が助け舟を出すべきかと様子を(うかが)っている。流星の気持ちはありがたいが、ここで助けてもらったら九曜計都の主張が正しいと思わせてしまうだけだ。  深雪は九曜計都の目をまっすぐ見据えると、はっきりと自分の考えを口にした。 「ふさわしいかどうかは分かりません。ただ俺は東京の街を守りたいだけです」 「ふふふ……いかにも青くさい若造の言いそうな台詞(せりふ)だな。言っておくが、何かを守る資格があるのは他人の援助に甘えず、自立していて、なおかつ実力を伴った人間だけだぞ」  つまり九曜計都は遠回しに深雪にはそんな資格など無いと言いたいのだろう。ここで下手に噛みついたり、虚勢(きょせい)を張ったりしたら、ますます軽んじられる。相手は深雪が失態(しったい)を犯す瞬間を待っているのだから。  そこで深雪は微笑を浮かべてこう答えた。 「……ご指導ありがとうございます。未熟者ですが、一日もはやく実力が伴うよう精進(しょうじん)していきたいです」  まさか深雪からそんなお手本のような言葉が返ってくるとは思いもしなかったのだろう。九曜はあからさまに鼻白んだ様子で小さく肩を(すく)めた。 「……どうやら口だけは達者(たっしゃ)なようだな。まあ好きにするがいいさ。貴様ら《死刑執行人(リーパー)》の影響力が落ちたところで我々は痛くも痒くもない。また別の駒を用意すればいいだけだ。……それより、そろそろ本題に入ろう」  九曜計都は椅子の上で姿勢を正して真顔になると、改めて六道に問いかける。 「KiRIという歌手を知っているか」 「いえ、私は存じませんが……」  深雪はKiRIという名は初耳だが、六道も知らないらしく流星へ視線を向ける。若い流星ならサブカルチャーにも詳しいかもしれないと思ったのだろう。 「確か《東京中華街》を中心に活躍している女性アーティストですよね?」   流星が答えると九曜計都は首肯(しゅこう)した。 「そうだ。その女性歌手が今朝、殺害されているのが見つかった」
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