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第41話 激震の動画
六道はすぐにマリアの送信してきた動画を再生すると、腕輪型端末の真上に画像が浮かび上がる。深雪とオリヴィエも、両脇からその画面を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、どこかの建物で撮られたと思われる動画だった。背景の薄明るい照明と白い壁紙から屋内だと分かるものの、場所の特定は難しい。
その画面の中央には、見覚えのある青年が映っていた。特徴的なキノコヘアに赤いスタジャン。《突撃☆ぺこチャンネル》を開設している動画配信者のぺこたんだ。
深雪は驚いて声を上げた。
「あれ……? これ動画配信者のぺこたんじゃ……」
「動画配信者ですか。深雪は彼のことを知っているのですか?」
「ああ、《東京中華街》で本人を見たことがあるんだけど……」
しかし、どうしてマリアはぺこたんの動画をわざわざ送ってきたのだろう。《突撃☆ぺこチャンネル》で配信している動画は娯楽性の高いものばかりで、それほど緊急性があるとも思えないのだが。深雪が不思議に思っている間にも、動画は始まってしまう。
「どうも~! 《突撃☆ぺこチャンネル》のぺこたんで~す! ぺこり! ……え? えらく冒頭の尺が短いって? そうなんすよ~! それもこれも、今日はユーザーのみんなに超☆ビッグニュースを用意してるからなんですねー! どんなニュースか早く教えろって? うーん、どうしよっかな~……」
ぺこたんは冒頭からやたらともったいぶって、なかなか本題に入ろうとしない。それに業を煮やしたマリアが、苛々したように横から口を挟んだ。
「あーもう、こいつのクッソ下手なトークはどうでもいいっつーの! 肝心の本題は十二分後です!」
マリアに言われた通り、動画の下についている赤い進行状況バーを十二分ほど飛ばすと、ぺこたんはいつの間にか古びた木製の扉の前に立っていた。壁紙が変わっていないから、同じ部屋の中を壁伝いに移動しただけだろう。
「……実はですねー、この扉の向こうにメッチャメチャすごい人がいるんですよー。え、誰かって? まあこーゆうのはね。すぐに教えちゃうとつまらないんでね。まずはユーザーのみんなで誰だか当ててみてください!」
ぺこたんはもつれ気味な滑舌で捲し立てると、片方の耳に手を当てて、カメラに向かって聞き耳を立てる仕草をした。
「……うん、うん。うーん、残念! みんなの予想はぜーんぶ外れでーす!! どうしてそう言い切れるのかって? だからビッグニュースだって言っているじゃないすかー! それだけ凄いニュースだって事なんです!! ……まあね、そろそろユーザーのみんなも痺れを切らしてきた頃だと思うんでね。さっそく突撃してみましょう!! それじゃ、本日の企画です! せーの、『突撃☆ぺこインタビュー』~~ッ!!」
ぺこたんはそう言いながら、ドアノブを掴んでひねると、木製の扉を勢いよく開け放った。ぺこたんが部屋の中に突入していくのに合わせて、カメラも左右にぶれながら後を追っていく。
家具ひとつ無い殺風景な部屋の真ん中にはパイプ椅子が置かれ、そこに子どもが座らされていた。スカートを履いているところを見るに、おそらく女の子で、体格からすると十代半ばだろうか。首から上はモザイクが掛けられて顔が分からないものの、少女が部屋に乱入してきたぺこたんに驚き、警戒しているのが仕草からわかる。
「え……えっと……?」
音声モザイクも施されているのか、少女の声はくぐもった機械音に加工されていた。ぺこたんはモザイクがかけられた少女にマイクを向けると、いつものハイテンションで話しかけた。
「はーい、こんにちは! ぺこたんで~す! ぺこたんのこと知ってる? 一応、《監獄都市》ではトップクラスの動画配信者なんだけど。え、知らない? ……で・す・よ・ね~!! これを機に覚えてくれると嬉しいです! 新規ユーザーのみんなも、ぜひ覚えてね~!!」
「あの、ここどこですか? 私、お父さんのところに帰りたいんですけど……」
顔や声にモザイクがかけられていても、少女がひどく戸惑っているのが伝わってくる。ところが、ぺこたんはお構いなしにカメラ――視聴者に向けてコミカルな仕草で振り返る。
「……え? どっからどう見ても普通の女の子じゃないかって? ……待って、大丈夫。大丈夫だから! ぺこたんは、ユーザーのみんなをがっかりさせたりしませんから!!」
「あの、こういうの困ります! お父さんのところへ帰して!」
ぺこたんに物怖じすることなく、はっきりと告げる少女は、年頃にしてはしっかりしているほうだろう。それを聞いた深雪は、思わず火澄の顔を思い出していた。少女の口調が火澄に似ている気がしたのだ。
「この女の子……火澄ちゃんじゃないか……?」
深雪が何気なくつぶやくと、どうやら深雪と同じことを感じていたらしく、オリヴィエも同意するように頷いた。
「確かに背格好や仕草は火澄によく似ていますね。けれど、なぜ火澄が動画に出ることに? 彼女は退院した父親と二人で暮らしているはずでは?」
「それが分からないんだ……最近、連絡を取りあってないから。火矛威に火澄ちゃんと接触するのは控えてくれって言われて、それで……!」
はっきりとした事は言えないが、この動画に映っているのが火澄だとしたら、どうしてぺこたんの動画に彼女が映っているのだろう。
火矛威はリム医師の診療所を退院した後、新居に引っ越す予定だと言っていた。それにしたって、新居にしては不気味なほど生活感が無さすぎるし、火澄を溺愛している火矛威が動画に出演することを許すはずはない。何せ、紋章刺青でさえあれほど渋ったのだ。
それなのに、父親の火矛威は何をしているのだろう。火澄は監禁されているようにも見えるが、動画の撮影場所はどこだろう。帯刀親子は無事なのだろうか。次々と疑問が沸き上がって混乱するばかりの深雪をよそに、動画は進んでゆく。
「それじゃ、インタビューを続行しますよー! ねえ、君。君、日本人だよね?」
「え……そうですけど……」
「聞きましたか? 彼女は日本人! 確かに日本人です! でもね、実はぺこたん、ある情報を入手してしまったのです! なな、何と!! 彼女はあの《レッド=ドラゴン》の六華主人、紅神獄の隠し子だそうなんですね~!!」
「……!!」
ぺこたんがわざとらしいポーズを取りながら意気揚々と叫んだ瞬間、深雪の心臓は驚愕のあまり、危うく止まりそうになった。
(ど、どうしてそれを……!?)
火澄の生い立ちに関する情報は、深雪や火矛威といった、ごく一部の人間しか知らない重大な秘密だ。それなのに、どうしてぺこたんが火澄の秘密を知っているのだろう。
「紅神獄の隠し子……? 火澄が? まさか……本当なのですか!?」
オリヴィエも驚愕を浮かべながら、六道と深雪を交互に見る。どちらかが真実を知っているのではないかと判断したのだろう。
衝撃のあまりオリヴィエに答えることができない深雪にかわって、奇しくも動画の中でぺこたんが答えるのだった。
「え、本当かって? 本当ですよ~、何言ってるんすか! 詳しくは言えないけど、ある筋から仕入れた確かな情報ですよ! だいたいね、これが嘘だったら、ぺこたんは《レッド=ドラゴン》に殺されるからね!! まあ、本当でも殺されるかもだけど。ぶっちゃけ命懸けなの! 命を懸けて、ホントーです!! ぺこたん、動画配信に命懸けてるからね。そんなぺこたんの応援コメント、何とぞよろしくで~す!! あと良かったら、チャンネル登録もよろしくね☆」
ぺこたんはカメラ目線をやめると、再び椅子に座った少女に遠慮なくマイクを向ける。
「……それじゃ、さらに詳しい事情を隠し子ちゃんに聞いていきましょう!! ねえ君、本当のお母さんと会ったことある? 実際に話したことあるの? お母さんの紅神獄ってどういう人? 詳しく聞かせて欲しいんだけどな~!」
「や、やめてください! あなた達が何言ってるのか、ぜんぜん分かんない! あたしにはお母さんはいません! お母さんはあたしが小さい頃に事故で他界したから……!! だから人違いだと思います!」
火澄がはっきり告げると、ぺこたんはカメラのほうをチラチラ見ながら、困ったように小声で彼女をたしなめた。
「……ちょっと、ちょっと! 話を合わせてくれなきゃ困るよ~! こっちは動画のアクセス数、稼がなきゃいけないんだから!」
「そんなの知りません! 私は事実を言ってるだけです!! こんなところに連れてきて勝手に閉じ込めて……拉致監禁は立派な犯罪ですよ!?」
「は……ははは! 彼女はどうやら混乱してるみたいですね。ちょっと休憩にして欲しいみたいです。……というわけで、今日の配信はここまででーす! 動画の続きは追ってアップしていくので、ユーザーのみんな、お楽しみに!! 続きが気になるみんなはチャンネル登録を忘れないでね! それじゃ、ぺこたんでした~!!」
動画は不自然なほど唐突に終わると、画面が暗転し、中央に再生を促すリングカーソルが浮かび上がった。
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