第41話 激震の動画

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 深雪は呆気(あっけ)に取られたまま、しばらく声を発することはおろか、自分が目にした現実を受け入れることもできなかった。対する六道はあくまで冷静にマリアへ問う。 「マリア、この動画が配信されたのはいつだ?」 「つい十五分ほど前です。すでにかなりの再生回数を記録しています。こちらでアドレスを突き止めて削除したんですけど、コピーもかなりの数が出回っていて、すぐに拡散(かくさん)を防ぐのは不可能な状況です」 「それほど動画の注目度が高いのでしょう。《レッド=ドラゴン》の面々が会談を途中で切り上げたのは、ひょっとしてこの動画が原因だったのでしょうか?」  オリヴィエが疑問を(てい)すると、六道もため息をつきつつ(うなづ)いた。 「……そう考えて間違いないだろうな。一難去ってまた一難か。この動画がどれほどの影響力を及ぼすかは未知数だが、状況次第では《監獄都市》に再び混乱を招きかねんな……」  六道の言う通りだと深雪も思う。幸い、ぺこたんの動画はおそろしくクオリティが低く、全編(ぜんぺん)にわたって胡散臭(うさんくさ)さと如何(いかが)わしさを漂わせているため、動画の内容をそのまま信じてしまう者は、それほど多くないだろう。  しかし、火澄(かすみ)紅神獄(ホン・シェンユイ)の隠し子であるのが事実である以上、楽観するのは禁物(きんもつ)だ。  これがただのスキャンダル騒ぎで収まるなら、まだいい。これ以上、状況が悪化すれば紅神獄の立場が悪くなるだけではなく、《レッド=ドラゴン》の結束も大きく揺らぐだろう。最悪の場合、《監獄都市》にも深刻な影響を及ぼしかねない。  その震源地(しんげんち)にいるのは、あろうことか火澄なのだ。  深雪は、紅神獄が看護師の女性から報告を受けた際、表情を一変させたのを思い出した。真澄の反応は、紅神獄のスキャンダルが拡散されたからだろうか。それとも実の娘である火澄に危険が及ぶ可能性があると知って、動揺したのだろうか。  いずれにしろ真澄はその立場上、すぐに動くことは難しい。深雪と火矛威が彼女を守るほかないのだ。 「火澄ちゃん……動画の中で連れてきて勝手に閉じ込められたって言ってたけど……火澄ちゃんは今、どこにいるんだ!?」  深雪は勢い込んで身を乗り出すものの、マリアの表情にはいつもの切れが無い。 「それはこっちも捜索中よ。ただ、他に協力者でもいるのか、ここ数日のぺこたんの足取りや、火澄ちゃんの行動履歴(こうどうりれき)が追えないのよね。でも帯刀火矛威(たてわきかむい)の新居はどうにか突き止めたわ!」 「……!! 所長、俺に行かせてください!」 「ああ。道中、何が起こるか分からん。気をつけろ」   「はい!!」  六道が紅神獄の正体をどこまで知っているかは分からないが、紅神獄の隠し子騒動をこのまま放っておくべきではないと判断したのだろう。《監獄都市》を揺るがす要因は、たとえ芽の段階であっても摘んでおく。それが六道のやり方であり、だからこそ深雪の行動を許可したのだ。  深雪は旧都庁を飛び出すと、マリアの送ってくれた地図を確認しつつ、全速力で走り出した。 (くそ……どこから情報が漏れたんだ!? 火澄ちゃんが紅神獄と轟鶴治の娘だと知っているのは、俺と火矛威、それから真澄くらいなのに……!! これまで誰にも知られることはなかったのに、どうして今になって……!!)  火矛威が誰かに情報を漏らしたとはとても思えないし、真澄が暴露(ばくろ)したとも思えない。紅神獄に(ふん)している彼女が会談中に見せた反応からも、それは明らかだ。ぺこたんは動画で『ある筋から手に入れた情報』だと言っていた。『ある筋』とは、いったい誰のことなのだろう。 (問題はそれだけじゃない。ぺこたんが真相をどこまで知っているかだ! 火澄ちゃんが紅神獄の隠し子だって程度ならまだいい。火澄ちゃんの顔はモザイクがかかっていたし、今ならフェイクニュースとして片付けることもできる。でも、火澄ちゃんの父親が轟鶴治(とどろきかくじ)だって知られたら……紅神獄の正体が式部真澄(しきべますみ)だってことまで広まったら、取り返しのつかないことになる……!!)  そして火澄にはもう一つ、《レナトゥス》という大きな秘密がある。彼女が深雪と同じアニムスを持つことが知れ渡ってしまったら、彼女も《壁》の外にいる勢力から、その身を狙われるようになるかもしれない。ちょうど今の深雪のように。  そんな事態だけは絶対に避けなければ。火澄には、深雪と同じ思いをして欲しくない。自分の身に宿るアニムスのせいで、嫌な思いをして欲しくないのだ。  とにかく火矛威と接触し、事情を聴きださなければ。マリアの教えてくれた火矛威の新居は中野方面にあるらしく、都庁からそれほど遠くない。深雪は首元を締めているネクタイを片手で乱暴に振りほどくと、慣れない靴でがむしゃらに疾走するのだった。                             《次章に続く》
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