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今まで目立たず生きてきた。綿貫はそれが間違っているとは思わないし、きっとこれからも面倒なことには極力関わらないで生きていくのだろう。
高校に入学するとさっそくグループが作られるが、綿貫はそのときに友人を作らなかったので所謂ぼっちと言うやつだった。高校二年生になり、やはり話す人はいないけれどそれで困るようなことはない。幸運にもいじめられることもない。クラスメイトからは暗いやつだと思われているかもしれなかったが、静かな学校生活を過ごすことができて満足していた。
そんな綿貫にはなぜか目で追ってしまう相手がいる。牧野ハルト、同じクラスの「金髪くん」だ。綿貫が心のなかで金髪くんと呼んでいるとおり彼は蜂蜜のようなきれいな金髪をしている青年だ。彼がよくつるんでいるのが髪を茶色や金髪にそめた少し素行が悪い生徒たちなので、二年生になって同じクラスになった彼を初めて見たときは見目麗しいヤンキー、と思ってしまったことがある。
自分がなぜ、彼から目が離せないのか綿貫にはわからない。最近はほんとうに見すぎだと自分でも思うので見るのをやめたいが、彼の席が斜め前なこともあって授業中などに盗み見てしまう。気づかれたら何かしら言われるかもしれないなあ、とそんなことを考えながら、ホームルームも終わったのでいささか遅い帰り支度をしていると声をかけられた。
顔をあげるとつい先程考えていたあの牧野だった。なにが楽しいのか、にこにこしている。
「綿貫、ずっと気になっていたんだけど前髪長いけど見えてるの?」
すらっとした指先が綿貫の髪を持ち上げる。ヘーゼル色と目が合って綿貫は目をそらした。口から「う、うーん?」とつい意味のない言葉がでる。名前を憶えられていたことにも驚いて頭がまわらない。背が高い、たしか一九〇センチだったか。
「ほら、えーと前髪長すぎると目も悪くなるんでしょ」
ヘーゼル色は綿貫を見つめ続けていた。鼓動が早くなる。指が離れると目を髪が覆ってほっとした。
それから数日後、一時間目の数学の授業で小テストがあるため予習しようと少し早めに学校に向かった。教室の扉を開けると机に伏せて寝ている頭が見えた。
牧野だった。綿貫が来たことに気づいて顔をあげると眠そうに目を細める。こんな早い時間にいるなんて意外だ。自分の席に鞄をかける。なんとなく話しかけてみた。
「早いね」
「牧野のほうこそ、早いじゃん」
「俺は偶々だよ」
牧野はそう言ったがそれから何度か早めに登校すると、いつも先にいて寝ていた。
「おはよ」
「お、おはよう……」
絶対偶々ではないだろうと思ったけど、綿貫は訳を聞かなかった。
ある日、昼休みになるといつもどこかに行ってしまう牧野に声をかけられる。
「いっしょにご飯食べよう」
「いつも食べている相手と食べないの?」
「うーん、いつも同じ人と食べているわけじゃないからなあ。これと言って約束もしてないし、だめ?」
別にいいけどなんで俺と食べたいのだろうと綿貫は不思議だった。
「綿貫ってさ、もしかして俺のこと怖い?」
牧野が悪い人物ではないのはわかっていたけれど、初めて見たときから「普通の人」だとは思えなくて、実はいまも少しだけ怖い。話していると時々きれいすぎて人間じゃないみたいだなと思うことがあった。
牧野と話すようになって二か月ほど経った。暑かった気温はすこし肌寒いものに変わっていた。文化祭も迫って六時間目とホームルームが出し物を決める時間になった。教室には綿貫と学級委員の小野という女子生徒しか残っていなかった。
「綿貫くんは最近、間野くんと仲がいいよね」
ふと小野にそう声をかけられた。
「お昼に渡してほしいものがあるんだけど、渡してくれる?」
「……いいけど」
渡されたのはシンプルな薄いピンク色の手紙で綿貫は告白の手紙だろうなあと思った。
「ありがとう」
翌日、昼食を食べる前に渡すと牧野は驚いた様子もなく受け取った。やはりモテるのだろう。いま考えてみると恋人がいないことのほうが驚きだった。なんとなく牧野の顔を見ていられなくて、手元の菓子パンに視線を落とした。
それで数日経ったけど変わったことはなかった。牧野が小野とお昼休みにご飯を食べている様子はない。休み時間でも二人が話しているのを見ることもなかった。
聞こうか、聞くまいか迷ったけど結局聞いた。
「告白断ったの?」
「え、ああ。断ったよ」
「そっか」
「ねえ。なんで覚えてるの?」
「へ、なんでってどういうこと」
「ごめん、なんでもない」
どういう意味で言ったのか気になって、綿貫は小野に話を聞くことにした。二人の間でなにか言いづらいことが起こったのかもしれないと思ったのだ。
でも、小野は不思議な顔をした。
「告白? 私がだれに?」
「牧野に手紙を渡してって言っていたよね……」
「牧野? 牧野ってだれのこと。そんな人クラスにいたっけ」
「え」
さかのぼること二日、牧野が小野から告白されたときの話である。
牧野は目を少しだけ細めて意識して口角をあげる。少女にそうやって笑顔を向けてあげれば簡単に顔を赤くした。
「話ってなにかな」
少女は口を引き結んで意を決した様子で口を開いた。
「牧野くん、好きです……付き合ってください」
牧野と呼ばれた青年の姿に擬態している魔物は冷めた目で少女を観察していた。真っ赤な顔、緊張のあまりか手はかすかに震えている。
今度こそ、これは本物なのだろうか。いや、本物じゃなくても別にいい。必要なのは自分に向けられた強い感情だ。牧野は人の感情を食べて生きる魔物だった。
自分に向けられた感情は魔物にとって蜜をたっぷりと持った花のようなものだった。花開いたそれを今日も魔物は食べる。
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