ここに墓標を立てよ

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 その夜夫妻は白身魚のノッケルに舌鼓を打ち、上質な白ワインを沢山飲んで良い気分になった。レオノーラも楽しそうだし、宿に戻る途中で嫌でも目に入ってしまうローゼンハイム家の黒幕も気にならなかったほどだが、宿に戻るとローゼンハイム家の葬式が明日行われることを知ると萎んでしまった。 「御子息のレオンハルト様だとは……てっきり伯爵だと……確か大旅行(グローセツア)からお帰り後に爵位を継ぐ筈だったと聞いている。気の毒に……」 「ご存知なの?」  ヘルツは首を横に振った。 「ローゼンハイム家は近衛隊所属だから我々民間の警察などには縁が無いよ。だがフランス革命前からの名家だし、挨拶しないのは失礼に当たるだろう。葬式の後、献花しよう」 「そうね……」とレオノーラが目を伏せた。  次の朝も晴天だった。そんな日に葬式を行うのは辛い。果たして葬式を終えた頃に夫妻が顔を出すと母親は墓の前に座り込み、嗚咽を漏らし、父親はその後ろで息子が埋められた土を見ていた。侍女や使用人たちは手持ち無沙汰な体でそれを見守っている。その更に後ろに立っている2人の男たちは自分と同じ警察の者だと気が付いた。同業者は佇まいで分かる。レオンハルトの死はどうやら自然死では無いようだ。  やがて伯爵に促されて夫人は立ち上がったが、力が入らなかったのか倒れ込むように座り込んでしまった。侍女らしい女性が駆け寄るが、小柄な彼女では夫人を支えきれない。ヘルツよりも先にレオノーラが駆け寄った。侍女はレオノーラに礼を言い、一緒に屋敷に向かう形になり、ヘルツ警部らがその後に続く形になった。 「伯爵、この度はお悔やみ申し上げます……」と言うと伯爵は初めて隣に人が居たことを認識したように「ああ……」と呻いた。すると相手が誰なのか分かったように目の焦点が徐々に合い始めた。 「貴方はウィーン警察のヘルツ警部では有りませんか? 何故此処に……?」 「妻と休暇中だったのです。訃報を聞いてせめて花だけでもと思って……」 「そうか、ありがとう……そうだ、ヘルツ警部、貴方に聞いて欲しい話が有るのだ。是非屋敷まで来て欲しい」 「わたしがお役に立てるとは思えませんが……」 「いいや、そんなことは無い」と伯爵は首を振った。「あそこに居る男たちが分かるかね?」と振り向き、2人の男たちを示す。「彼らはザルツブルク警察の人間だ。彼らは息子はグローセグロックナー山で遭難したと見ているが、わたしはそうは思わない。……息子は殺されたのだ」  ヘルツに拒否権は無かった。
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