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ヘルツらが案内されたのは伯爵の書斎だった。ローゼンハイム伯爵は軍人だが文学にも通じていたらしい、壁の本棚に収まった書物はお飾りでは無いという印象を受けた。
「ヘルツ警部、こちらはザルツブルク警察のアンシュッツ主任警部とその部下のキルンベルガー刑事。息子が死んだ現場に足を運び、……息子を此処に送ってくれた」
アンシュッツ主任警部はヘルツと同じ年頃だがずば抜けて背が高く痩せていて、いくらか若いキルンベルガーは対照的に太っている。2人はザルツブルクではどのような働きをしているのだろうとヘルツは自分の部下であるヒューゲルを思い出した。
「レオンハルト様は」とアンシュッツは切り出した。「ギムナジウムを卒業後、英国の上流階級の風習に倣って3年ほどフランスとイタリアで暮らしました。その締めくくりとしてグロースグロックナー山に登り、ザルツブルクに住んでいらっしゃるシーラッハ大佐の舞踏会にご出席してウィーンに戻る手筈になっていました」
ヘルツは頷きながら「そのグロースグロックナー山にはどなたと登られたのですか?」アンシュッツ主任警部と伯爵の2人を視界に入れるように聞いた。
「家庭教師で有るヨハネスがずっと旅の同行者でしたが彼とはブレンナー峠で別れています」とアンシュッツ。
「レオンハルトは英国の若者と張り合っていてな。1人で登るのが常だった。あれを入れたギムナジウムは山や森がすぐ近くに有ったから山には慣れていたんだ」と伯爵。
ヘルツは頷いた。「レオンハルト様を見つけられたのは?」
「わたしたちです」とキルンベルガー。「シーラッハ大佐から『レオンハルト様が約束の日時になってもまだ屋敷に来ない、何か変事があったのではないか』と通報を頂き、山に入ったら……」
キルンベルガーの途切れた言葉の後は伯爵が鼻を啜る音になった。
「レオンハルト様はその……どのような状況で……?」
「レオンハルト様は山の中腹の崖下から見つかりました。正規の登山道と危険道を間違えて誤って転落してしまったようです」
伯爵が顔を上げた。「馬鹿な。あれがそんな下手をする訳が無い。ギムナジウム時代には人を連れて山を登り降りしたことも有ると言うのに。誰かによって無理やり誘き寄せられたんだ」
「しかし伯爵、不審な人物は目撃されていませんし、そんなことをしたらその人物も命の危険に晒されてしまいます」
「黙れ!」と伯爵が怒鳴った。次いでヘルツを見る。「ヘルツ警部、貴方の評判は聞いている。お願いだ。息子の死を捜査して欲しい。わたしが裁きを下す」
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