ここに墓標を立てよ

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 屋敷を後にしたヘルツはウィーン警察に電報を打ち、宿を引き上げる為に荷物を纏めた。 「すまないレオノーラ。休暇がおじゃんになってしまった」 「でも生きていればまた休暇は取れるもの。貴方は貴方の役目を心残り無く果たして欲しいわ」 「ありがとう」  翌朝レオノーラはウィーンへ帰り、ヘルツはレオンハルトが在籍していたギムナジウムが有るリリエンフェルトに向かった。鉄道と馬車を乗り継いで着いたのは昼過ぎだった。ギムナジウムは夏季休暇中で静かだったが、近くの修道院にレオンハルトと同窓だったと言う修道士が居ると聞き、早速面会を願い出た。修道士のゲオルグは直ぐに会ってくれ、ヘルツの口からレオンハルトの名前を聞くや否や天を仰ぎ、十字を切った。 「……おお! ではレオンハルトは死んだのですね? 神は人を服従させることに執着した彼に相応しい罰を与えられた」  ヘルツはいきなり見せられた激情に戸惑ったが、直ぐに冷静になった。「それはどういう意味でしょうか?」  ゲオルグの狂信的な目がヘルツを覗き込んだ。「レオンハルトはナポレオンのように暴君で、しかも嘘つきでした。彼は自らの手を穢さず、人の命を奪ったのです」  思わぬ告発にヘルツの息が止まった。「……何ですって?」  ゲオルグは厳しい目でヘルツを睨んだ。「ヘルツ警部、ローゼンハイム伯爵から何を聞いたのかは聞きません。しかしレオンハルトは幼い暴君でした。近衛隊の将軍になるからには今のうちから人を従わせなければならない、という妄執に取り憑かれ、度々意見する者逆らう者は罰としてウィーンの森に置き去りにしました。……卒業を数週間後に控えたある日、レオンハルトは1人の下級生を連れて森へ入り、1人で帰って来ました。その子はどうしたと皆が聞くと罰を与えたと言うでは有りませんか。夜になっても帰らない為、我々はその子を探しに森に入りました。……その子は翌朝、死んで見つかりました。崖に通じる道から落ちたのです」  何処かで聞いた話だとヘルツ警部は拳の中の嫌な汗を握り潰した。顔を上げるとゲオルグの狂信的な目の光がヘルツの目を突いた。 「……何故その子は一歩踏み間違えたら崖に落ちてしまう道を通ったと思います? 」  ヘルツは生唾を呑み込んだ。
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