チャイナタウン

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2  横丁に、古くて小汚い中華飯店があった。厨房では、前掛けをした東洋系の店長が仕込みをしていた。『準備中』のふだがぶら下がった入り口が開き、若い男が入ってきた。 「まだ準備中です」  店長の声にかまわず、若い男は厨房に向かった。 「なんだ、お前か」  彼は店長のひとり息子だった。息子は、無言で壁から前掛けを取った。 「手伝ってくれるのか?いったい、どういう風の吹き回しだ?」  息子はボウルから麺の生地を取ると、慣れた手つきでこね始めた。 「俺、店を継ぐよ」  父は手を止めたが、息子は生地を一心にこね続けた。しばらくして、父が口を開いた。 「ラッパーになるんじゃなかったのか?」 「それは、もういいんだ」 「あんなに頑張っていたじゃないか?」 「所詮、俺は中国人なんだ」 「お前はアメリカ人だ。ロスで生まれて、ダウンタウンで育った。チェアマンマオを大嫌いで、中国語も話せないし、中国になんか行ったこともない」 「だけど、俺はスラム育ちの黒人じゃない。黄色い肌で、ラードの匂いをぷんぷんさせている中華飯店の息子さ」 「そう言われたのか?」  父と息子は生地を叩いて慎重に伸ばした。 「穴を開けないようにな」 「わかってる」
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