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「ありがとう、か......」  シオンは、レコードと呼ばれる古びた機械の針のようなものを動かしながら黙り込んだ。彼の唯一知っているお気に入りの曲 「Fly me to the moon」  が不思議な雑音と共に流れ始めた。振り向いた彼の眉間には、皺が寄っていた。しかしどうやら彼の分厚い辞書にもその言葉はなかったらしく、ふふ、とはにかんだ。 「やっぱり! 知らないわよね、『ありがとう』」  シオンでも知らない言葉を聞いたことがある、という優越感からルーナは満面の笑みを浮かべた。 「おや、なんだか嬉しそうだね。もしかして知っているのかい? この言葉」  ルーナの考えを見透かしたような穏やかな笑顔で彼はルーナの目を真っ直ぐに見つめた。彼の目に射止められたルーナは小っ恥ずかしくなり、目を逸らしながら慌ててパンをひとつまみ口に入れると 「まあ......聞いたことはあるわよ」  とバツが悪そうに言った。 「やっぱり! 君も知らないんじゃないか!」    二人は声をあげてひとしきり笑った。 「せっかくだし中身も見てみようか」  と言いながら、シオンはそそくさと表紙をめくった。
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