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 五月の青々とした芝の匂いが鼻を心地よくくすぐる。こんな日は、愛する人と、愛する我が子のサッカーの試合を観戦するのにぴったりだ。愛する人がいないのは残念だけど、それ以外はほぼ完ぺき。ノアは我が息子の晴れ姿に胸をときめかせていた。  コーチがセンターサークルに向かい合った両チームに声をかける。 「お互いに、ベストを尽くすように!試合開始!」 「フー!!!ゴーゴー・トム!!いけいけー!!」  いきなり、コートのすぐそばで大声がこだまする。コーチ、子どもたち、それから試合を見に来ていた親たち全員の視線が、試合が始まる前から興奮して飛び跳ねているノアに集中する。 「あ、す、すみません。キック…オフ。あはは」 慌てて取り繕う。トムだけは微笑んで、小さく声の主に手を振る。ああ、本当に素敵な子。ノアは嬉しくなって両の親指を突き出し、ウインクする。今度は、声は出さないようにして。
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