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その1
その日、桜木ケンに声をかけてきた若い女性は、まさに”あの女”だった。
郡氷子‥。
彼女とは初対面であったが、実のところ、間接的に接触は持っていた。
どころか…、この時すでに彼は、この女とは何かと込み入った関係に至っていたのだ。
ケンは学校からの帰宅途中、コンビニに寄りコロッケを買って店を出たところ、入り口付近の窓ガラスに背をもたれ、煙草を手にした30歳前後の女性から呼び止められた。
「あなた、桜木君よね」
「ええ。どちらさんですかね?」
「私、ツグミの姉よ」
「…」
ケンは思わず絶句した。
***
”この人がツグミの姉さんか…‼”
彼が彼女と面と向かい、驚きを隠せなかったのには理由があった。
数か月前、ケンはこわもての男二人組に拉致監禁され、バリカンでその頭を丸坊主に刈られるという、とんだ目に遭遇していた。
そして、男達に直接指示を下していたのが、他ならぬこの郡氷子だったのだから…。
桜木ケンが聞き及んでいた彼女とは…?
それは、”世にも恐ろしい女”…。
要はそういうことだった。
***
「…よく、僕だと分かりましたね?」
「私さ…、依頼事のターゲットは、この目で確かめる主義なのよ。あなたの場合は、”ビフォアーアフター”でチェックしてたから。ここ、私もよく来るんで、前から声をかけようかと思っててね。アタマ、随分伸びたじゃないの、はは…」
彼女はタバコの煙を燻らせながら、ニヤニヤとケンの頭あたりに目をやっていた。
「あのう、何か用ですか?」
「どう?ご飯でも食べながらお話ししない?私とあなた、”いろいろ”と話題あることだしさ」
”いろいろとときたか…。なら、ロックスを殺されて裁判の相手になる桜木正樹とオレが兄弟だって知っているのか…。いや、もしかしたらそれ以外のこととかも…”
ケンの胸の内は錯綜していた。
***
「僕、桜木正樹の弟なんですよね。ロックスを殺したのがあなただってことは、兄から聞いてるんです。あなたはそのことを承知されてますか?」
「ええ。承知してるわよ。なんか、奇遇よねえ~~。それと、向こうも私の妹が自分の弟と同じ中学の同級生だって承知なのも知ってるしさ」
「そうですか。…なら、どう考えても、兄が今度オコス裁判の当事者になるあなたと、呑気に食事なんかできる訳ないですよ。ロックスは僕にとってもかわいい愛犬だったんですから」
「まあ、そうね‥」
力説するケンの問いかけに、氷子はさらりとかわすようだった。
***
「それを知ってて、あなたを憎んでもおかしくない立場の僕になぜ、そんな誘いをかけるんですか?」
「ええと、なら、まず確認させてもらうわよ。あなた、坊主頭にされた件では、私に恨みとかはないって訳?仮にお兄さんの裁判の件がなくて、今の誘いってことならばどうなのよ?」
「一緒に食事するかどうかは別として、今の断る理由には入ってませんよ。頭を刈られたのは、自分のとった態度からってことは最初から認識してるんで。誤解しないで下さい!」
ケンはきっぱりと言い切った。
一方の氷子は、ここで明らかに表情を変えた…。
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