春の名前

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春の名前

「どうしたんだ。もう学校に行く時間だろ」  玄関に座って俯く僕におじいちゃんは言った。僕はランドセルを背負ったまま、膝に顔をうずめる。あと二歩踏み出しせば、玄関のドア。なのに、僕は玄関から動けないでいた。  こうしている間にも、登校時刻は刻一刻と近づいている。早く行かなくちゃ。頭では分かっているのに足が動かない。お腹のあたりにズーンと重みを感じる。 「具合が悪いのか」  おじいちゃんは床に膝を立てて、僕と目線を合わせる。おじいちゃんの細い目が心配そうに僕を見つめていた。 「……ううん。具合は悪くないけど……」 「けど?」  おじいちゃんは首を傾げた。僕の言葉を待っているようだった。言わなくちゃ。そのプレッシャーでお腹がさらに重くなる。  僕はギュルギュルと音を立てるお腹に手を当てた。痛い。おでこから冷たい汗が噴き出す。僕は我慢できなくなって、あわててトイレに駆け込んだ。  10分くらいして、ようやくお腹が治まってトイレから出るとドアの前におじいちゃんが立っていた。 「大丈夫か。なんか変なモノでも食ったのか?」 「食べてないと思う……けどお腹が痛い」 「具合は悪くないんだろ?」 「うん……でも……僕……」  さっき言わなくちゃと思ったこと。今のボヤボヤした状態の頭なら言えるかもしれない。僕は締め付けられているような喉から声を出す。 「……学校に……行きたくない」 「どうして?」  おじいちゃんは優しく語りかけるように言った。僕は昨日の学校での出来事を思い出して、またお腹が痛くなる。僕はTシャツの裾を握りしめた。 「……同じクラスの子が僕の名前をバカにするんだ……『女みたいな名前でキモチワルイ』って……」  言葉にしてしまうと悔しさがこみ上げてきた。僕をバカにする相手が怖くて何も言い返せなかった。本当は「やめて」「いやだ」って言いたかったのに、僕は弱虫だから泣いてしまった。 顔が熱くなって涙がポロポロこぼれ出す。僕は手の甲で涙を拭った。  おじいちゃんは僕の肩にポンと手を置く。僕の頭をいつも撫でてくれる、あったかくて優しい大好きな手。 「そうか、そうか。それは辛かったな。今日は学校を休め」 「でも……」  行かなくちゃという気持ちもある。学校という場所自体は嫌いじゃないから。おじいちゃんは僕の考えていることを察したのか、僕を安心させるように笑いかけた。 「お腹も壊してしまったし、今日は大事を取って休め。頑張りすぎは身体に毒だ。人間、休まないと勉強や運動ができない。仕事もそうだ。ほら、じいちゃんだって雨の日は畑の仕事を休んでいるだろう? だから、お前さんが後ろめたく感じる必要はないんだよ」  おじいちゃんの言葉を一つ一つ頭で理解して僕は頷いた。休まなきゃ勉強や運動はできない。だから、今日は休んでも大丈夫。    
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