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「いいか? 名前っていうのは親が子供に与える最初の贈り物なんだよ」
「贈り物……」
僕はおじいちゃんの言葉を繰り返す。
「この世に名前をもたない奴なんていねぇだろ。じいちゃんも、あんたのお母さんもお父さんも、名前を持っている。当たり前だが、あんたをからかった奴にも名前がある」
僕はその子のことを思い出して身を固くした。僕よりも体も大きくて、力も強い熊みたいな同級生。
「誰もが等しく持っている名前。それをバカにしたり、傷つけられたりするなら、そこは怒るところだ。我慢している必要なんてねぇ……お前さんは、何も悪かねぇよ。堂々としてろ」
おじいちゃんの真剣な瞳と目が合う。僕は空っぽになったお皿に目線を落とした。おじいちゃんがそう言ってくれても、やっぱり不安だ。また何も言い返せなかったらどうしよう。もっと、からかわれたらどうしよう。考えただけで泣きそうになる。
「そんなに不安か?」
ポロリとこぼれた涙を拭う。僕は無理やり頷く。はぁというため息の後、おじいちゃんはのびのびとした声で言った。
「仕方ねぇな。良いこと教えてやるよ。お前さんが自分の名前に自信を持てるような取っておきの話だ」
「何それ」
顔を上げると、おじいちゃんはいたずらが思い浮かんだような顔をして腕を組んでいた。
「お前さんの名付け親はなぁ……じいちゃんなんだよ」
「そうなの?」
初耳だった。
「あぁ、そうだ。色々候補はあったが最終的にじいちゃんが考えた名前が選ばれた。だからな────」
おじいちゃんは僕の頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でる。おじいちゃんの手は大きくて暖かい。
「何も恥じることはないんだよ。春生まれのお前にぴったりな名前じゃないか。じいちゃんが付けた名前だ。もっと自分を誇れ」
学校を休んだ春の日の一日。何気ない会話。このときの僕はまだ知らなかった。日常の一コマを思い出して泣いてしまう日が来るなんてことを。
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