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コロナ渦中の闘病日記 -Ⅴ,甲状腺に異常無-
2020年12月から原因不明の高熱を出し続け、2021年を迎えた。1月下旬、私は甲状腺の専門病院に向かっていた。
甲状腺とは喉仏にあるホルモンを分泌する器官だ。ホルモンとは代謝を活性化させる働きがあり、やる気や元気に関わってくる。
甲状腺に異常をきたすのは女性に多く、代表的な病気は以下の2つである。
(1)バセドウ病・ホルモンの分泌過多により微熱、発汗、倦怠感、首の腫れ、便秘等の症状が出る。
(2)橋本病・ホルモンの分泌減少により倦怠感、悪寒、便秘等の症状が出る。
かかりつけの医者は、私が微熱・発汗・倦怠感を訴えているので、バセドウ病を疑ったのである。
寒波の到来により朝から霙が降り、芯から冷える寒い日だった。ヒートテック・モコモコのセーター・ダウンコートにマフラーと手袋を着用した服装にも関わらず、寒気がする。免疫が落ちているせいだろうか。厚手のタイツに加え、ブーツを履いているにも関わらず足元から全身に冷気が行き渡った。
病院に到着する前から落ち着かなかった。
受付で行われる検温で引っ掛からないか心配だったのだ。
朝起きて体温を測ると37,1℃だった。
これから行こうとしている病院は、熱が37,5℃を越えると院内に入ることができない。再診なら甲状腺の病状次第で特別に入れるのかもしれないが、初診の私には大難関であった。
コロナが連日連夜ニュースで取り上げられない日はなく、病院側の対応として当然なのかもしれないが、熱を理由に診察されないのは大変困る。
恐る恐る入口を通り、受付を済ませた。熱は少し下がり36,8℃。新規発行された診察券を受けとったとき、安心したせいか崩れるように院内のソファーに座り込んだ。
平日の霙が降る寒い日にも関わらず、院内は患者で溢れていた。
…密だ。
なるべく人を避けるべく、場所を替えて座り直し大人しく待っていた。
30分程して診察室に呼ばれた。診察室の扉を開けると黒淵の眼鏡をかけた女医に椅子に座るよう促された。女医はフェイスシールド、ビニール手袋を着用し、さらにパソコンのキーボードにはビニールシートのようなものが掛けられていた。勿論、私は手の消毒をしてから入室した。
椅子に座ると、受付で書いた問診票を元に医師による問診が始まった。 昨年から熱が出ていることを話すと、コロナに感染しているか疑われた。
PCR検査を受けたくても受けられないこと、かかりつけの医師からコロナの疑いは低いと言われたこと、最近は熱が39℃を越える日もあり、倦怠感もひどいことを伝えた。
女医は無表情のまま、今から甲状腺の検査に移ると言った。後日に再度来院すれば結果を伝えてもらえるそうだが、高熱に怯えながら生活できるか不安なので、多少の時間がかかっても検査結果を待つことにした。
甲状腺の検査は、甲状腺エコー(超音波検査)と血液検査が行われた。
職員の案内に応じ、採血を行った。血液検査の結果は1時間30分程度で分かるので、甲状腺エコー検査(20分前後)が終わって1時間程したら、再度受付に声をかけ診察室に向かうように指示された。
甲状腺エコー検査が終わると正午近くなっていた。外来の患者は院内で食事ができない。倦怠感が徐々に増して食欲もなかったので、血液検査の結果を待合室で待つことにした。すると、一人の女性の職員に声をかけられた。
「血液検査の結果をお待ちですよね?」
「はい」
「コロナの疑いがありますので、院外でお待
ちください」
一瞬、思考が止まった。
何を言ってるんだ、この人は?
驚いて黙り込んだ私に、畳み掛けるようにこう言った。
「コロナの疑いがある方は外でお待ち頂いて
おります。1時間後にこちらの受付に来て
下さい」
我に返った私は思わず声をあげた。
「コロナ患者だと疑われているのですか?か
かりつけの医師からコロナに感染した可
能性は低いし、別のウイルスか菌が体内に
いるかもしれないと言われた旨を先ほどの
診察でお伝えしましたが」
周囲がざわついた。私に他の患者の視線が突き刺さった。まずい、声を落とさなくては。
「しかし、PCR検査で陰性でない方は院内で
お待ち頂けません」
「ですから、PCR検査を受けたくても受けら
れないんです。それも伝えました」
職員のマニュアル通りの対応に不快感を覚えた。
「外は霙が降っています。せめて入口近くの
椅子で待たせて頂けませんか?」
「規則ですので、外でお待ち下さい」
少し困った表情を浮かべた職員を見て、何を言っても無駄だと察した。幸い病院は地下鉄から歩いて数分の処にある。地下に降りれば、カフェがあるはず。
霙が降る中に院外に出るのは嫌だが、検査結果を早く知りたい。ここで揉めても私に利は無い。
「分かりました。1時間弱でこちらに戻りま
す」
ご協力ありがとうございます、の一言も無く職員は無言で立ち去った。
1時間15分後、カフェで軽めの昼食をとり病院の受付に向かった。10分もたたない内に診察室に呼ばれた。
先ほどとは違う女医から診断結果を聞いた。
「甲状腺には全く異常が見られませんでし
た。ただ、CRPの数値がかなり高いので何
らかのウイルスか菌が体内に生息し、それ
が原因で炎症が起きているようです」
女医は私と目を合わせようとしなかった。
検査結果の用紙に目を落としたまま、矢継ぎ早にこう言った。
「何に感染しているか分かりませんが、コロ
ナには感染していないようです。この病院
は甲状腺の専門ですので、今後の受診は不
要です。お帰り下さい」
…嘘だ。
内科があるじゃない。
内科に回して、追加でウイルスだか菌だか知らないけど検査をする案はないのか?
目も合わせないで「お帰り下さい」だと?
誰が2度と来るか。
熱が上がり、暖かい院内にいるにも関わらず寒気がした。
体調が悪い。帰らなくては。
捨て台詞は頭の中にさておき、私は会計をさっさと終え、病院を後にした。
その後、真っ直ぐ地下鉄に降りて帰路に着くべきだったかもしれない。今思えば、あの時に怒りと不安が入り交じった感情に任せるがまま、隣の駅まで霙の中を傘をささずに歩くべきではなかった。
帰宅してから38℃を越える高熱を出し、ベッドに倒れ込んだ。
これからどうしよう。熱があるだけでコロナ患者扱いをされるなら、どの病院に行っても受診は難しいだろうか。
無駄に病院に足を運んで時間と金を無駄にするくらいなら暫く様子をみるか。
底無し沼にはまる私を余所に、感染性心内膜炎は確実に全身を蝕んでいた。そして、感染性心内膜炎の元になる菌が心臓に病巣を築いていったのである。
感染性心内膜炎が発覚するまで後1ヶ月弱。
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