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言葉には力が宿るだとか、言霊だとかいうことを、俺は信じていなかった。だがしかし、このときばかりは信じてしまいそうになる。
なぜなら、鈴木がいたからだ。ちょうど「会ったら許さねぇ」と呟いた──そのときにだ。
公園の前にある、垂直に伸びている細い道路。その向こうに見える広い幹線道路を横切ったやつの姿を、俺は見たのだ。
「あいつ……!」
すぐに俺の尻はベンチから離れ、足に力が入った。やつの姿を見失わないように、大きい道路に飛び出ると、小さくなった背中を追い始めた。
しかし、鈴木はすぐにコインパーキングへと入ってしまう。そこに停めていた軽自動車に乗り込むと、遠くにいる俺になど気づかずに出庫した。
車で逃げられては敵わない。
俺はすぐに、路肩に停めていた暇そうなタクシーの助手席ドアを叩いた。
運転席に座っていたのは、白髪交じりの六十近くに見えるおっさんだった。ややメタボリックな体をびくつかせ、窮屈そうにこちらを見やる。運転席で操作をしたのか、後部座席のドアが開いた。
俺は滑るように固いシートに乗り込むと、やや大きめの声で言った。
「前の軽、追ってくれ! あの黒のやつ」
まるで三流映画のような台詞だった。おっさんは「は?」と小さくもらし、俺が指さした前方の鈴木の車と俺の顔を交互に見る。鈴木の車がだんだん小さくなっていく。
焦燥感に身をかられて、札を五枚ほど引っ掴むとおっさんの顔面に突きつけた。
「いいから行け! 金ならある!」
「は、はい!」
おっさんの目は見開いて、すぐに前方を向くとハンドルを握りしめた。
エンジンの唸るような音が短く響き、ガクンと俺を揺らしてタクシーは発進した。
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