◆3 路地裏

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 あんな、常識も良心も通用しない相手に土下座など何も効果がないことを、あいつは知らないんだ。  土下座というものは、相手が要求し、それに屈辱的に答えるときに、初めて相手への効果を発揮する。頼まれてもいない土下座というのは、返って相手を逆撫でするのだ。今の、あの二人のように。 「……おい、平井ぃ……」  唸るように低く声を出す筋肉男。その右足が大きく後ろに振り上げられたと同時に、怒号が路地裏で響いた。 「てめぇのそういうところ、うぜーんだよ!」  思いきり蹴り上げられた鈴木の腹。体ごと吹き飛ぶが、すぐ後ろにあった壁のせいで、衝撃はすべてやつの体に吸収された。  声になり損ねた鈴木の悲鳴が、ビルとビルの間に響く。 「いいから、とっとと稼いでこいよ! お前お得意の口八丁でいいカモいくらでも捕まえてさあ!」 「ぐっ……うっ…………」  鈴木は身を守るように縮こまり、暴力が最小限になるように受け止めていた。長髪男は今度は止めるでもなく、当たり前のように煙草をふかし始めた。そんな光景を、建物の陰から俺はただ、見ている。 ──何なんだ、これは。  しかし同時に、ふっと何か糸が切れた。  あっさりと突然に唐突に当然に、俺の鈴木への苛立ちと怒りと執着は、消え失せる。  あいつはもう──どうでもいい。  鈴木でも平井でも、スズキでもヒラメでも──どうでもいいよ。関係ねーよ。  俺の興味はふいと無くなり、その路地裏を後にした。  背後ではしばらく殴りつけられている悲鳴と嗚咽が響いていたが、遠くなるにつれてそれも小さく消えていく。  正直──せいせいしたと思った。
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