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◆4 魔女
停めていたタクシーに戻った。
ひとまず後部座席に乗り込むと、運転手のおっさんは読んでいた文庫本を片付け、こちらを見た。
「お帰りなさい。戻りますか」
「いや……」
どこへ行こうか。虚無感が俺を襲う。
外を見れば、見慣れない閑散とした町並みが広がっていた。標識などの看板を見れば、そこがどこら辺なのかはわかった。俺の町からさして遠くない隣町だ。
まだ夕方にもなっていないはずなのに日が弱くなっているのは、冬だからなのか。曇天になり始めた空を見て、目を細めた。
どこへ行こうか──行けるところなら、どこまでも。
離れたい。
この街から離れたい。
クソッタレしか詰めこまれていないこの町から。
世界から。
「とりあえず……山」
「山?」
ついと出た言葉に、運転手のおっさんは首を傾げた。
俺も何を言ってんだか、と自身に呆れつつも言葉を続ける。
「ここらで一番近くの山に行ってよ。できれば、人があんまりいないところ」
「はぁ」
妙なことおっしゃいますね、と続くかと思われた口元は、口角を上げる。バックミラー越しにこちらを見つめたおっさんの瞳はたわんだ。
「山、いいですねぇ。私も山登りは好きなんですよ。ご案内します」
べつに、山登りになんか興味はないさ。ただ人気のないところへ行きたいと考えて、出てきた答えがそれだっただけだ。
そんな言葉を返すのも億劫で、俺は背もたれに身を預けると力を抜いた。とたんにどっと、疲れが体を侵食していく。こんなに疲れていたのかと小さく驚きつつも、目を閉じた。着いたら起こしてくれるだろうと、車の振動に身を任せて瞼の裏の世界に閉じこもることにした。
走っているアスファルトは舗装がしっかりされていないのか、タクシーはたまに大きな振動を起こして、俺を運んだ。
ガクガク、ガタガタ。ガタガタ、ガックン。
平坦な道などどこにもないのだと、人生を暗喩しているかのようだった。
人生、ね。
死にかけていた今日の俺。走馬灯も見せてもらえずに、暗転した死に際。
べつにそれの代わりというわけでもないのだが、俺の脳裏に、過去の記憶が蘇ってくる。見たくもない過去が、通り過ぎていく。思い出すのはやっぱり──クソッタレなものばかりなのだけれど。
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