◆1 クソッタレ

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 自分の名前が大嫌いだった。  二十三年間生きてきて嫌いなものはなんだと問われたら、迷わずに自分の名前だと言うだろう。  嫌いなものならば、他にも数えきれないほどあった。  父親に教師。  昔の同級生たち。  噂好きの多い近所の大人たち。  灰色に見える生まれ育った町。  集団じゃないと何も行動できないやつ。  知ったかぶりをするやつ。  わかった気でいるやつ。  見下してくるやつ。  しなだれてくる女。魔女のような爪。香水。アナログな時計の音。静かな空間。  眩しい太陽。  壮大な海。  そういったものが、全部全部全部全部────大嫌いだった。  でもそんな大嫌いなものも、死んじまえばオサラバだ。  なんだ、死んでもいいことがあるんじゃねえか。はは、と笑みがこぼれる。 ──……笑み?  なぜ死んだのに、笑みなんかがこぼれるのだろう。  そう考えた瞬間、笑ったはずの口からヒュッと音が出た。  喉が、肺が、心臓が、脳が、その口から酸素を求めて空気を吸いこめと俺を突き動かす。  ふいに目を開くと、暗闇と圧迫感が俺を押しつぶしていた。 「……っは!? がはっ! ……ゲホッ!」  兎にも角にも、体は酸素を欲していた。  目一杯あたりの空気を吸いこみたいのに、俺を押しつぶしている暗闇がそれを阻む。何だこれは────邪魔だ!  思いきり振り払ったつもりなのに、その手は震えていて弱い力で暗闇を押しているだけだった。  暗闇と思ったものは、どうやらゴミ袋らしい。数多のゴミ袋の下にいた俺は、まるで地獄の底から這い上がる屍かのように、ゴミ袋の山から体を出したのだった。  すると突然、目の前に真っ黒な(くちばし)を突き立ててこようとする烏が現れたので驚いた。 「うわ!?」  俺の悲鳴に烏も驚いた様子で、ギャッギャッと鳴いて翼を広げて逃げていく。  あたり一面には、今しがた押しのけたゴミ袋。それを荒らしていた烏数羽と、破れ散らかされたゴミ袋の中身たち。異臭と腐敗の匂いが、死の淵から這い出た俺を出迎えてくれた。  息を整える。  ドックドックと心臓の鳴る音だけが、妙に体中に響いていた。 「生きて、る…………」  首筋をなぞる。  そこにはたしかに、ロープで締められた跡があることが、指の先でも確認できた。  それでも生きている。  俺は、生きている。 「…………はははは」  かすかな笑いが漏れた。  何だ俺は。とんでもねぇ強運じゃねぇか。  首を絞められて殺されかかって死にかかって、それでも息を吹き返して生きているだって?
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