◆5 図書室

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 女子生徒は真っ赤になり、なぜかあわてて立とうとする。 「ああ、べつに座ってたら? 俺、気にしねぇし」 「え、でも」 「いいっつってんだろ」  睨んだつもりはなかったが、女子生徒は少し肩をビクつかせてまた腰を下ろした。女ってのは苦手だったが、こいつはどちらかというと乳くさいガキだから、べつに嫌悪はなかった。 「ていうかさ。俺の存在に、よく気づかなかったな」 「ほ……本読みながら座っちゃったから。ごめんなさい」 「べつに、謝んなくていいし。てか何、泣いてんの」 「え?」  女子生徒は自分の目元に手を添え、ようやく「ああ」と言った。自分が泣いていたことに気づいていなかったのか、俺の登場で動転して忘れていたのか、恥ずかしげに微笑んだ。 「本に、ちょっと感動しちゃって」 「ふうん?」  本に感動──ねぇ。  自分にはまったく共感できない感情に、俺はつまらなそうに相槌をするだけだ。作り物の世界に感動できるなんてお気楽な脳みそですね、なんて嫌味を言いたくなる。  女子生徒が持っている本の表紙をちらりと見れば、それには「童話集」と書かれていた。こいつ、童話なんかで泣いてるわけ? と眉をしかめる。  しかし女子生徒は、俺の視線を勘違いしたのかパッと微笑んで、その本の表紙をこちらに向けてきた。 「あなたも知ってるよね? 新美南吉さん。この人の作品、本当にいいよね」  なぜ、知っている前提なんだ。面食らった俺は首を傾げてしまう。 「知らねえよ」 「え。だって『ごんぎつね』とか『手袋を買いに』とか、有名じゃないですか。教科書にも載ってるし」 「覚えてねえよ」  てかなんで敬語なの、と指さすと、女子生徒は困ったように眉を下げた。 「ああ、ごめん。最近転校してきたからかな。初対面の人とばかり喋ってたから」  なるほど。それで有名な俺の寝床も知らずに、ここに座っちまったわけか。  一人合点がいった俺は、あらためて椅子に座り直して女子生徒と向き合った。こうして見ると、中学三年生にしては本当に幼い顔をしている。  じっと見つめていると、女子生徒は困ったように視線を泳がせた。男慣れをしていないのだろう。そんなところが俺は安心できた。 「あんた、名前は? 何組?」  ただの興味本位で、そう聞いた。 「黒澤(くろさわ)朱美(あけみ)。C組だよ」
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