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しぶしぶそれを受け取れば、たしかに薄い文庫本だった。『クリスマス・カロル』と書かれた表題は、どこかで聞いたことのある言葉だった。
「童話なんて読まねえよ」
「これは童話じゃないよ、小説。童話も小説の一種だけどね」
どうでもいいウンチクを垂れて朱美は、あのつつきたくなるえくぼを浮かべる。
貸してあげる、と言われたその本は彼女のものだったらしい。俺はなぜかそれを、すんなり受け取ってしまった。
朱美がどんな意図で、その本を俺にくれたのかなんてわかりはしない。ただそれが、朱美と図書室での最後のやりとりになった。朱美はまた、転校してしまったのだ。
べつに、寂しいとか悲しいとかは思わなかった。
ただ、寝床によく来ていた顔見知りがいなくなっただけ。それだけのことだった。
また一人になった図書室で、おもむろに渡された文庫本をめくってみる。その物語の内容は、クリスマスに起こった奇跡とやらが展開される宗教めいたストーリーで、何がおもしろいのかなんて、俺にはまったくわからなかった。主人公である陰険なはずのスクルージという男は、幽霊に脅されてあっさりと己の信念を曲げて、いい人に成り下がっちまっている。
なんだよ朱美。
お前は俺にも、こうなれとでも言いたかったのか?
読み終えた頃には、何とも言えない苛立ちが俺を襲っていた。俺と朱美の時間が、この本の放つ陽の光で、大きな影を落とされた気分になった。
どんな悪人だって改心できるって?
そんなわけ、ねえだろ。
性善説を押しつけてくるようなその物語に反吐が出て、俺は文庫本を図書室の本棚に押しこんた。もう、手元に置いておきたくないと思ったからだ。無理矢理きつい本棚に入れられた文庫本は、歪んで破れた。ぐしゃりと醜く、皺を作る。
朱美は、嘘つきだと思った。
読んでも毒にならないだって?
なら今の、この俺の感情は何だ。
読んだ後に染みついて離れない、この劣等感と、腹立たしさと、侘しさは何だ。
そう叫びたくても──もう、朱美はいない。
子どもだった俺たちの世界は、あまりにもちっぽけだった。
義務教育課程を終わらせた俺は、怠惰な生活を過ごすようになった。父親は俺を近くの男子校に無理矢理行かせたが、それは親心というよりも世間への体裁だけで通わせたに違いない。そこでもやはり、俺は浮いている存在だった。
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