◆6 コドク

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◆6 コドク

 ガクン、と体を大きく揺さぶられて目を開けた。  気づくとそこは車の後部座席で、自分がタクシーの中にいたのだということを再認識する。  ああそうだ、俺は殺されかけたんだっけ。そんでもって生き返って、スズキだかヒラメだかの男を追って、土下座を見て引き返したんだ。  そうして今は、何の目的もないのに山に向かっている。滑稽な一日だ、と俺は他人事のように欠伸をした。 「ああ、起きましたかお客さん」  タクシーのおっさんが、ミラー越しにこちらを見て声をかけてきた。  外を見れば思った以上の山道で、ガタガタと不快な振動をともない俺を運んでいる最中だった。 「ここ、どこ?」 「S県ですよ。県外に出ちまいましたけど、良かったですかね?」 「ああ、べつにいい」  けっこう遠い場所まで来てしまったんだな、と外を見やる。そこには見たことのない形の山々が広がっていて、その裾野には、忘れられたかのような民家やボロい建物がぽつりぽつりと散らばっていた。昭和時代の名残りを見せている過去の物たちが、風化を待っているかのように、ただそこにいる。  日没の早い冬の空は、もう暗くなり始めていた。運転席に設置された時計を見れば、時刻は午後五時になろうとしている。頭をボリボリかけば、まだ付着していたゴミの欠片が髪から落ちた。  さっきまで、変な夢を見ていたような気もする。  なんだか、胸糞悪い夢を。 「それにしてもお客さん、本当にここまで来て大丈夫ですか? けっこうな料金ですよ?」  おっさんにそう言われてメーターを見れば、料金は三万を越していた。たしかに、けっこうな額だ。 「まあ、仕方ねぇな」  そう言うしかなかった。  するとおっさんは、フヒ、とどこか下劣めいた笑いをもらしてハンドルを回す。 「お客さん、本当に羽振りがいいですねぇ。お若いのに、羨ましい」  そのまま車は急カーブを曲がり、坂道を登り始めた。  道路幅はどんどん狭くなっていくようで、今すれ違いに向こうから車が来たなら、どちらかが確実に寄らなければ通れないほどだった。 「羨むもんでもねえよ」  というよりも、羨むべきものなど、俺は何も持ち合わせてはいなかった。
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