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やや挑発的に、バックミラー越しにおっさんを睨めつけた。細すぎるおっさんの目と合っているのかなんて、わからなかったけれど。
しかしおっさんは、どこか嬉しそうに、言葉を返した俺の反応に機嫌の良い声を出した。
「ええ、わかりますよ。お客さん、普段はそんな金持ちでもないはずだ。でも今日、大きな収入でもあったんでしょう」
「何で?」
「そりゃあ、その格好なのに大金持っていることと、裸の札束を見りゃあね。しかもその札はしわくちゃだ。まともな金でもないね」
ご名答だ。しかし、そんなのは誰にだってわかることなのかもしれない。この大金と俺が不釣合いなのは、見ての通りだ。
それでもこんな会話を俺としているこのおっさんも、相当に変態だと思うけれど。
「まともな金なんて、この世にあるのか」
「お客さん、寂しいこと言うねぇ」
若いのにそんなこと言っちゃいけませんよ、なんておっさんはいまさらながらに年上風を吹かせてアクセルを踏んだ。
タクシーは急斜面も登りきり、平坦な道に出て少しだけ静かになった。かなり山を登ってきたのだろう。遠くに広がる民家はかなり離れており、人影など、どこにも見えなかった。
「ねえ、お客さん」
おっさんは車を走らせたまま、まだ会話を続けようとしている。
外に向けていた視線を前方へ移すと、おっさんはまた、ミラー越しにこちらを見ていた。そしておもむろにこう言う。
「コドクって、わかります?」
その声音は、先ほどよりも少し落ちついており聞きづらかった。
「孤独?」
「ええ……コドク」
肯定はされているものの、おっさんの言うものと俺が考えたものは、何だか違うものを指しているように思えた。そしてそれは、正解だった。
「昔の中国のまじないらしいんです。壺や箱に虫や蛇、蛙なんかを詰めこんでね。閉じちまうんです」
どうやら俺の考えた『孤独』ではなかったらしい。
その代わりにおっさんから講釈されるそれは、なんともえげつない内容のものだった。
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