◆6 コドク

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「私ね、コドクはコドクだから、いいと思っているんですよ」 「は?」  わけのわからぬことを言い出したおっさんに、俺はいい加減にしろと言いたい気持ちを込めて睨みつけた。 「(むし)の毒と書いてコドク、て読むんですよ。さっきのまじない。で、その蠱毒は一人で行う孤独さが、より素晴らしいものにするのだろうなぁと……私は思うんですわ」 「ただのダジャレじゃねえか」  茶化したらおっさんは「はは、そーですね」と、どこか楽しそうに笑った。  しかし俺の背中には、ついと嫌な汗が伝い落ちていた。第六感とも言うのだろうか──生きていく上での、危険を察知する生存能力。それが、このおっさんに対して黄色信号を出していたからだ。 「蠱毒は孤独だからこそ美しい。それが、私の哲学でして」  外の流れる景色がゆっくりとなる。車の速度が落ちているからだ。 「ここも、私の蠱毒箱でした」  そうしてゆるりとブレーキを踏んで、タクシーは停まった。  道路のど真ん中。聞こえてくるのは、遠くで鳴く種類のわからぬ鳥の声ばかり。それ以外は何も届いてはいなかった。 「ここが……蠱毒箱だって?」  こことは、どこ。  俺はタクシーの背面シートに背中を密着させる。すると、とたんに今までなぜ気付かなかったのか、ツンとした匂いが鼻をついた。消臭剤とは違う匂いの元は何だと思ったが、おっさんの動きの方が気になった。  運転席に座っていたおっさんはシートベルトを外すと、シートを倒してこちらに体を向けた。  いつの間に手にしていたのだろう──刃渡り二十センチはあるのではないかと思われる狩猟用ナイフを、その右手に持っている。  嘘だろ、と俺は足を座席に上げて体を上にずらした。  どこか逃げる場所はないかと狭い車内を見回したところ、後部座席後ろの荷物置き場に、違和感を覚えた。何やらこんもりとした荷物に、シーツが被せられていたのだった。 「ああ、やはり気づきましたか」  俺の視線に答えるように、おっさんはそう言った。細い目はさっきとまったく変わっておらず、ただ長いナイフをこちらに向けたまま、穏やかに笑っている。 「それはただの犬ですよ。でも、けっこう大きめな犬だったんでね、ちょっとバラしましたが」  だからか。シーツには赤い染みができていた。
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