◆1 クソッタレ

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 出迎えが大量のゴミと烏だってところが──何とも俺らしいっちゃあ、俺らしいが。 「ふは、……ははは。ははははは!」  笑いが止まらない俺を、烏がじっと見つめていた。  烏が何を考えているのかなんて、わかるわけがない。  それでも向けてくる双眸(そうぼう)が煩わしく感じて、思いきりその烏が止まっていたゴミ山を蹴り上げた。  大きな音を立てて、山は崩れ落ちゴミを散らす。烏は驚いて逃げていった。  そして、はらりと紙切れがあたりに散った。俺がズボンの尻ポケットに突っ込んでいた札束だった。  ヒラヒラヒラリと、一万円札があたりに散らばる。それは何十枚もある薄汚い紙切れで、しかしあわてて集めるくらいには俺にとって大金だった。  そうか。あの野郎、尻ポケットに入ったやつだけは気づかなかったんだな。ざまあみろ。  それでも大半の金は、やつが持って行ったという事実を再確認して舌打ちする。  俺を殺そうとしたあの男──鈴木(おさむ)。中学の同級生だったやつの顔を思い浮かべると、腹底から湧いてきそうな怒りがおさまらなかった。  べつにあんなやつとは、親しくともなんともなかった。というか覚えてもいなかった。  たまたま偶然しょぼい居酒屋で会い、親しげに話しかけられ、不審に思った矢先にとある話を持ちかけられて、それに乗っかっただけだ。  あいつが持ちかけてきたのは、金儲けの話だった。それは表立てば即逮捕となるような案件のものだったが、それでも乗っかったのは、たんに暇だったからだと言えるだろう。  暇な人間は金がいる。暇つぶしに金がかかるからだ。生きているだけで金がかかる世の中だ。金が人間のためにあるのか、人間が金のためにあるのかわからない──そんな世の中だ。  あいつが俺の首を絞めたのも、金のためだろう。わかりやすい動機に苛立ち、集めた金を握りしめた。  集めた金は、二十万くらいはありそうだった。こんなことならもっとポケットに入れておくべきだったが、もう何もかもが後の祭りだとズボンのポケットにあらためて金ごと手を突っ込む。上着のダウンジャケットの前ファスナーを一番上まで上げて、首元を隠した。  ふぅっとため息をつくと、かすかに白くなった息が空へ逃げた。 「さみ……」  誰ともなしにこぼした弱音を残して、忌ま忌ましい路地裏を去る。  財布もスマホもすべて、あいつが持って行ったのだろう。今の俺にあるのは、ゴミの匂いがしみついた服と体、そして金だけだ。べつにそれでもいいさ────クソッタレ。  薄汚れたスニーカーで、地面を削るように歩き出す。  背後で烏が一声、カァーとまぬけに鳴いていた。
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