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唾を汚らしく飛ばし叫ぶ。
「お前みたいな、若くて、顔が良くて、自信がある奴が……憎い! 憎い! 殺してやりてぇよ!」
まるで、解体前の養豚のように醜かった。
「そんなの、知らねえよ」
ようは嫉妬と妬みかよ。くだらねぇ。
俺はまたグリグリと刺さっていたナイフを揺らめかすと、おっさんは叫んで悲鳴を響かせた。それは山にさえも届かずに、狭っ苦しい車内で俺の耳をつんざく。耳障りだ。
弱い者いじめはここまでにしておくか、と俺はナイフから手を離した。──だが、それがいけなかった。
おっさんはあろうことか、自らそのナイフを抜くとそのまま俺に刃を向けてきた。コルクを抜いたワインのように、その右大腿部から赤い液体が溢れだす。
「ふへ、へへへ……死ね! 死ねよぉ!」
「……!」
まさか自分で抜くとは思わず、俺は一瞬遅れてナイフから逃れた。
顔面を横切るように左から右へ振られたナイフは、車の天井ぎりぎりにまで逃げた俺の鼻先を掠めて一筋の傷をつける。細く薄い傷であったが、鼻っ柱にチリリと痛みを感じて、ふたたび怒りが湧いてくる。──このおっさん、マジで狂ってやがる。
「お前が死ねよ!」
おっさんの顔面めがけて、蹴りを入れた。
攻撃されることに慣れていないのか、おっさんは避けることもできずに、俺のスニーカーを顔面にめり込ませた。緩んだおっさんの手からナイフを再び奪い取り、もう一度同じ場所にそれを突き立ててやる。
肉を裂く感触がまた、俺の手に伝わった。
「ぐあっ! ぐああっ!」
今度こそ反抗しないように、執拗にナイフを揺らめかしてその刃先をめり込ませる。感謝しろよ。ナイフで吹き出る血を、抑えてやってんだからよ。
途中、骨に当たる感触がして眉をしかめた。
「……訴えたいところだけど、運賃なしでチャラにしてやるよ。俺って優しいな?」
呻くおっさんの顔に近づいて、そう呟いた。
今度ばかりは、もう敵わないと悟ったのだろう。おっさんはただ、豚のように息を荒くして涙を流していた。俺はそんなおっさんに思いきり足蹴をしてからタクシーから降りる。もうこんな車には、乗っていたくなかった。
タクシーから聞こえてくる呻き声を背後に歩き出した。
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