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◆2 詐欺
とりあえず、喉が渇いていた。
何か飲み物を──と自動販売機を探すが、どれも一万円札は使えない。仕方なくコンビニに入ることにした。
コンビニも大嫌いなものの一つだった。
覇気のない店員、世俗にまみれた雑誌、たむろする行き場のない連中、無駄に飾りつけられた季節の装飾。そのどれもが俺の苛立ちを誘発するのは、このコンビニという場所にあまりいい思い出がないからだ。いや──いい思い出なんて、どこにもないのだけれど。
ぶつかるようにコンビニの扉を開け、一番奥にある飲料水の元へさっさと向かい、ミネラルウォーターのボトルを掴み取った。ついでにパンや菓子など、小腹を満たすものも買う。
金を渡す時に店員の若い女が一瞬顔をしかめたのは、皺くちゃの一万円札に小さな生ゴミが付着していたからだった。
「金は金だろ」
ぼそりと呟くと、店員は慌てて会計を済ませた。
外に出て、適当に歩いて小さな公園のベンチに身を落ちつかせる。買ってきたパンと水で腹を満たした。
冬空の下、こんな廃れた公園のベンチに座っているやつは俺くらいだった。
というよりも、公園には俺だけで誰もいない。近くには百貨店やショッピングモール、大型ビルが建ちならぶ繁華街があるというのに、そんなことは知らないとでも言いたげにこの公園は孤独に存在していた。お前の存在意義はなんだ──と、つい問いたくなるような公園だ。
パンと菓子で腹を満たすと、レジ近くにあったため手に取ったホットコーヒーを最後に飲み始めた。あんなに乾いていた喉も潤って、ようやくひと心地つく。
公園の忘れられたような長身の時計台を見ると、時刻は十三時をまわっていた。
約一時間前には殺されかけていた俺が、今こうして公園でコーヒーをすすっている。それが、何とも滑稽に思えた。
もう一度コーヒーを飲む。
熱い液体は喉をとおり抜けて、胃に落ちた。それは生きているという実感を、嫌でも俺に意識させてくれる。ああ──生きている。
そうして思い出すのはやはり、殺されかけたあの時のことだった。
俺の背後から、ロープを引っかけ殺そうとした男、鈴木。あの野郎だけは、絶対に許さない。
手にある小さな缶を握りしめると、スチールで固くできたそれは凹むことなく、俺の怒りをただ静かに受け止めてくれた。
思い出すのは約三ヶ月前。
鈴木と出会ったしまった日のことだ。
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