◆2 詐欺

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 思えば、女に媚びへつらうことも話を合わせることも、俺の性には合わなかったのだ。それに加えホスト同士の醜い争い、虐め、嫉妬。男のそれは女よりもさらに醜悪に見えて、反吐が出た。俺は、その一日だけでギブアップした。 「俺は、その日暮らせればそれでいい」  思い出したくもない過去を思い出して、遠くを見ながら俺はそう言った。  次々と運ばれてくる料理を口に放り、まだ満たされない腹のために追加注文しようとメニューに手を伸ばす。すると、浮かそうとしたメニュー表を上から押さえて鈴木が言った。 「なぁ、恩田。店を変えないか」 「は?」  まだ本格的に酔っても食ってもいないのに、なぜ。  訝しげに鈴木を見ると、奴のぎょろりとした双眸が小さく細くたわんでいた。 「いい話があるんだよ。場所変えて、ゆっくりしようぜ」  小さく低く発せられた言葉──イイハナシガアル。  この八文字ほど、分かりやすい危険信号はないだろう。通常の人間ならば、すぐに警戒をして相手の思惑を探るシーンだ。  しかし、その時の俺は暇だった。あまりにも──暇だった。多少の危険やスリルに触れてみても面白いかもしれない……と、考えるほどに。 「なら、ここお前の奢りな」  そう言って再度食べ始めた俺に、鈴木は満足げに笑って頷いた。  鈴木が俺を連れて行った先は、繁華街の細道に入った小洒落たバーだった。そんな場所に初めて入った俺は少し戸惑ったが、やつがあまりにもすんなりとその扉を開くので、その背中に当然のようについていった。  店に入ると、鈴木は店員にカウンターではなくソファー席を指定し、案内してもらった。  角の席にあったそこはなるほど、壁とソファーの背もたれ、そして馬鹿でかい水槽でしっかりと空間を切り離されていて、密談もできそうな空間であった。  適当に酒を頼み、煽り、つまみを食う。  少し落ち着いた頃に、やつは言った。 「で、いい話ってのはさ」  カラン、とモヒートのグラスを傾け、鈴木は切り出す。 「詐欺しない?」  学生が部活勧誘でもしているかのような軽さだった。そんなことだろうとは思っていたが。 「直球だな」 「お前には、これくらいがいいかなぁと思って」  遠回しに馬鹿とでも言いたいのかとムッとしたが、そうではなかったらしい。鈴木はグラスにかかっていたミントをいじりながら、楽しそうに笑う。
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