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◆1 クソッタレ
あなたはろくな死に方をしないと、いつかのエセ占い師に言われた。
首を絞め上げられている今、まさにそのとおりだったな────と。その占い師を賞賛したい気分だ。
食い込む細い紐は、安物のロープなのか肌に痛い。そのロープの両端を、俺の背後で力いっぱい引っ張る男は元同級生だった。
「……早く、死ねよ……!」
耳裏で響く声はここ最近聞きなれたものであったはずなのに、そんな必死な声音は初めてだったな……と呑気にも思う。
しかし体は酸素を突然失って戸惑っているのか、あらん限りに抵抗しようとした。
首とロープの間に入り込んだ指が痛い。後ろからロープをかけられた時に、あわてて引っかけたのだ。
「……っかは……」
言葉にならない声が漏れる。
暴れようとしたが、酸素がまわらない脳みそではうまく体を動かせなかったようで足をバタつかせることしかできない。近くに置いてあったゴミ用バケツがひっくり返っただけだった。
繁華街の昼の路地裏。
殺したいやつの首を絞め上げるには、最適な場所ってか……──クソッタレ。
そんな俺の悪態は、声帯を通ることなく肺に落ちる。
ビルの隙間から見えるやたら青い空には、蠢く俺たちを見守るかのように、烏が数羽飛んでいた。
クソ。くたばる俺を狙っているのかよ。
男の力がさらに強くなった。こっちはもう、掠れる声さえ出すことができなくなっているというのに。
死が近づいた時、人間は恐怖するものだと思っていた。
しかし、このとき俺の心を凌駕していたのは恐怖ではなく怒りだった。
クソッタレ、クソッタレ、クソッタレクソッタレクソッタレ!
そして、その時は案外あっさりとやってきた。
まるで舞台の暗転のように、視界は真っ暗になり走馬灯も見せてもらえずに俺は死んだ。
ああ、ちくしょう────クソッタレめ。
恩田幸人。それが、俺の名前だった。
おそらくこの名前をつけられた瞬間に、俺の幸はすべて奪われたのだろう。
幸せな人と書いて幸人。
その文字は水につけたスポンジのように、俺の人生で起こりうる幸をすべて吸い取ったのだ。残ったカスが、俺の人生だ。
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