お買い物

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「ああ、ごめんごめん。あったよ~」  暫くしたら、女性店員が戻ってきた。両手から溢れる程の商品を持って。 「そんなにいる?新人相手に在庫処分しようとしてない?」  リリィが怪訝そうに、辛辣な声を上げた。 「そんなことないよ~。きっと必要なものばっかりよ」  近くにあった机の上に抱え込んだ荷物を下ろしながら、店員はそう返した。明らかに毛色の違った商品を隠しながら。 「……これが、気つけ草。で、傷口に当てる草。毒消し草もあるよ。こっちは薬品。火傷に効くやつ。スライム系の粘液を洗い流す用の水薬。虫よけも忘れずにっと……」 「ふぅん、意外と品揃え良いのね。思ってたよりも品質良いのが多いわ」 「そりゃ勿論。エーファ魔道具店は、客良し物良し人悪し、で通ってるんだから」 「あー、その軽口何回も聞いたわ」  女性店員が持ってきた商品を一つ一つ説明しながら、リリィとそんな感じの会話をしていた。僕は女性店員の指差したものと名称を結びつけるために集中していたから、参加しなかった。 「さあて、お待ちかねの商品だよ~」 「そうそうそれよ。今日はそれのために来たようなものなんだから。ちゃんと、物良し、なんでしょうね?」 「と~ぜん」  ヘラヘラ笑いながら、女性店員は積み上げられた商品の中から、液体がたっぷり入った瓶を取り出した。雑に動かされたせいで商品の山が崩れ、折角覚えていた名前もこんがらがってしまった。 「はい、お待ちかねのポーション。サウスカ森林産だから、品質は折り紙付きだよ」  取り出された瓶には、紫色の毒々しい液体が入っていた。絶対に口に含みたくないような色だ。 「あら、結構良さそうね。あの森の素材を使ったなら、効果も高いだろうし……。ちょっと試していい?」 「い~よ」  二人の女性からすれば特に怖いものでもないらしく、軽く光に当てたりしながらじっくり検分していた。その後、リリィは蓋に手を置きながら、そう尋ねた。女性店員も、ごく当たり前のように頷いた。  おもむろに、リリィが瓶の蓋を開けた。ドロドロした紫色の液体が、外気に触れてぬめりと輝いた。辺りに何かの匂いが充満したが、想像していたのとは違う感じだった。学期末の大掃除で偶に嗅ぐような匂いだ。  当のリリィは、店員から小さなスプーンのようなものを貰っていた。何をするのかな?と見守っていると、そのスプーンを瓶に突っ込んだ。驚きはしたが、薄々そんなことをしそうだとは感付いていたから、声を上げるほどではなかった。  中の液体は粘度が大きいらしく、軽く掬っただけで結構な量がスプーンに乗っていた。零れていくのも多かったが、ゆっくりと落ちている。毒々しい。  視界に、液体の紫とは違う色が映った。赤い。そっちに目をやると、リリィが口を開けていた。液体が落ちないように、慎重にスプーンを口に近づける。日常の動きのはずなのに、何故か扇情的に感じた。唇が汚れることを嫌って必要よりも大きく開けた口に、目が吸い込まれる。閉じる寸前に混ざった赤と紫の色合いが、ぐちゃぐちゃな今の僕と共鳴しているようだった。つい、と滑らかに取り出されたスプーンが、濁った紫の面影をなくし透明に輝いていた。  自分でも訳が分からないままに見惚れていたら、不意にリリィと目が合ったような気がした。気まずくなって、顔を背ける。いつの間にか早鐘のように鳴っている鼓動を、止めるように胸を強く抑える。催眠魔法、彼女が僕に仕掛けた、理解外の超常。そのせいだろうか。今までの僕にはなかったような感情が、体の中を渦巻く。リリィから外した視線の先には女性店員がいたが、ニヤニヤと意地の悪い笑い方をしていた。 「あー、私やっぱりこれ苦手」  僕の倒錯した劣情を全く意に介さず、というか何も気づかないまま、リリィは顔をしかめながらそう言った。唇の端に、紫の液体が垂れている。 「苦いもんね~」  店員が笑いながらスプーンを受け取った。ヘラヘラとした、やる気のない顔に戻っている。 「味に関しては、どうしようもないからね~。良薬は口に苦しってことで~」 「ま、それはホントのようね。体の調子が良くなってきたし、最近怪我したとこも治ってる」  そう言いながら、彼女は自分の体を触っていた。傍からはわからないけど、何か変化があったらしい。 「彼氏クンには、ポーションってやつが何なのか説明しないとね」  スプーンを片付けて、瓶にも蓋をしてから、女性店員は僕に向き合って座った。 「大体わかりましたけど」  店に来てからのこれまでの流れの中でなんとなく苦手に感じて、若干距離を取った物言いになる。 「あ、そ。頭イイんだね、キミ」  店員は顔だけは笑っているが、よく聞くと冷めた声でそう答えた。 「でも、一応お客様には説明しとかないとネ。ちゃんと聞いてよ~」  普段と変わらない口調だけど、明らかに表情を失った声が響く。何が彼女の琴線に触れたかわからないが、僕のことが気に食わないようだ。 「ポーションってのはね、有り体に言えば回復用の薬。即効性で万能なの。ステータスで言えば、『生命力』を一気に戻すことができるの……。怪我も病気も何でも治す、それがポーション。戦いのときには必需品だし、街の外に行くときはできるだけ持っておきたい一品ね。飲めば一番効果があるけど、患部に塗ったりするだけで結構治るわよ。品質もピンキリなんだけど、うちじゃさっきのが最高品質。十分な筈だけどね」  そこまで言って、店員は言葉を切った。値踏みするように僕を見てくる。 「なんですか?」  絡みつく視線に耐えきれなくなって、ぶっきらぼうにそう聞いた。 「いやね、面白い子だなぁって思って」 「どうして?」  更に重ねて聞くと、彼女はすぐには答えずに笑った。へらへらしたいつもの笑い方ではなく、フフっと素で吹き出したような笑顔だった。 「さっき、うちの商品を紹介してたときは何も知らない様子だったじゃない。気つけ草も毒消し草もスライム用の水薬も、全然わかってなかった。私、頭を使わずに生きてる人って嫌いなの。だから、君とも仲良くなれそうにないと思った」  そこまで言って、彼女は口を閉じた。相変わらずの観察するような眼をして。 「でも、間違ってたようだ。ポーションの説明をしたとき、自分で考えながら聞いてた。自分の知らないことも、思考することで補おうとしてる」  ハハハ、と高らかな笑い声が、鬱屈とした店内に響き渡った。 「いいね、面白い。君はちゃんとしてる、なのに知識が圧倒的に足りない。一体どんな人生を送ってきたんだろう、興味深い」  濁っていた目が、僅かに爛々とした輝きを得てきた。女性店員の声の張りから、興奮してきているのがわかる。  そこで。 「ちょっと」  と、事の成り行きを見守っていたリリィが声を上げた。 「最初も言ったけど、そいつはうちの住人。必要以上に踏み込まないで」  その声には、明確に非難の色が含まれていた。 「わかってるよ、答えは求めてない。興味深いと思っただけさ。ハァ、そんなに怖い目で見ないでおくれ。悪かったよ、お詫びにちょっと値引きするから。頼むから今後ともごひいきに」  リリィの怒りを敏感に感じ取って、女性店員は平謝りのようだった。接客態度に難ありのように感じていたが、この手の処世術は持ち合わせているようだ。 「君もね♡」  ただ、頭を下げながら横を向いて、僕の方にウィンクをするのは失敗だろう。明らかに火に油を注ぐ結果となっている。  結果として、今回の買い物は多少安い値段で、僕たちはこれからもこの店を使う。といった具合で決着となった。なんだか、女性店員の要望通りになってしまって、嵌められたようにも感じる。リリィとしても、安上がりで終わったのは上々の結果だったようで、双方負けなし、といったところだろうか。  店から出るとき、女性店員に呼び止められた。 「あの子のこと、嫌わないであげてね。君にとっては、急に魔法をかけてきたとんでもない奴かもしれないけど、あの子はそれ以外のコミュニケーション方法を知らないの。同情でも何でもいいから、あの子の側にいてあげて」  僕にだけ聞こえる声で、彼女は言った。しんみりとした、何かを感じさせる口調だった。 「ええ、そのつもりですよ。でも一つだけ訂正するなら、同情はしていません。正直魔法とかよくわかりませんが、それがなくても僕は彼女の近くにいましたよ。それに、…………彼女のコト、好きなんだと思います。多分本当の想い」 「ハハハ、やっぱり君、面白いね。アリガト、安心して任せれるよ」 「はい」  ようやく、彼女と真っ当に会話できた気がした。この人の笑顔は何種類か見たけど、今のさっぱりとした笑顔が好きだな。 「おおい、早くしなさいよぉ」  先に店の外に出ていたリリィが、外で叫んでいる。これ以上待たせたらすねそうだ。 「それじゃ、ありがとうございました」 「はい、こちらこそ、今後ともエーファ魔道具店をごひいきに」
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