魔物対策

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魔物対策

 自室の椅子に座り、一息ついた瞬間に視界がぐらついた。時間的にそろそろだとは思っていたが、ギリギリだった。  というわけで、部屋に置いていたシャーペンを手に取る。勿論、‟理解”の効果が切れたから、再度書き込むためだ。昨日はリリィと行ったカフェの中で効果が切れたから、あれから24時間か。‟理解”の効果は翻訳機能が目立つけどそれ以外の方の恩恵も大きいよな、と辺りを見渡して思う。‟理解”抜きでこの世界を見るのも何回目かだから、初めのころのような気持ち悪さはない。  この、歪んだ色の世界に。  窓際に飾られた花は、葉や茎も含めて全て紫。建物も木造なのに、青い。自分が今着ている服も、中々にとんちきな色をしている。かくいう自分の肌の色も、なんというか形容しがたい。  異世界なんだから、としか言えない。魔法とかもあるんだから、多少配色が違ってもおかしくははない、という風に納得している。変な色だなあ。‟理解”の文字を自分に書き込んだら元の世界と同じ色の景色に見えるから、こっちの世界の色に慣れる必要はない。  あー、訂正。やっぱり気持ち悪いや。ここが異世界っていうのは一応認めたけど、それでこんなにも元の世界と色味が変わるものなのかな?特に植物の色が受け入れがたいのだけど。紫も、紫蘇とかのまだわからなくもない程度の色じゃなくて、本気の紫。絵具チューブから捻り出した原色そのままのような、のっぺりとした色。最初に草原で目覚めたときはこんな色が視界いっぱいに広がっていたのだから、気持ち悪いってもんじゃなかった。植物の色って、葉緑体とかもあって緑じゃないといけないと思うのだが、こんな紫でいいのだろうか?この世界は葉柴体とかなのかな。  おかしな配色の景色に気分が悪くなってきたから、早々にシャーペンを変な色の肌に押し当てる。神がくれた文房具類は元の世界と似たような色でできているから、‟理解”が切れた後でも使い易い。  王偏に里。角、刀、牛。  はい、書けた。 「あー、綺麗な色」  シャーペンの効果はすぐに効いて、世界は正しい色に戻った。いや、この世界からすれば間違った色なのか。なんにせよ、馴染みのある色だ。  窓際の花の、淡い桃色の花弁を愛でる。ああ、癒される。優しい甘い匂いが鼻腔をくすぐった。そういえばさっきまではどんな匂いがしていたっけ?今嗅いでいる匂いとは違ったはずだが、どんなものだったか具体的に思い出せない。視覚に異常が起き過ぎていて、嗅覚の意識なんて疎かになっていた。  ‟理解”って文字が五感をチューニングするのは何か違和感があるが、便利だから別にいいか。このシャーペンの効果とかもあの神が考えたのだとすれば、色々雑な設定でもおかしくない。  もう一度大きく深呼吸をしてから、部屋を出た。休憩はもう十分だろう。 「おや、大丈夫ですか?急に走っていきましたけど」  戻ったとき、グレイさんは心配そうにしていた。 「ええ、ちょっと部屋に置いてたものに用があって」 「?、そうですか……」  嘘はついてないし多少は誤魔化せただろうが、部屋にろくに物を置いてないはずなのに無理がある言い訳だったか。まあ、少し変なところがあってもあまり何か言われることはないだろう。 「では、今度は具体的な戦い方を指南しましょう。さっきまでのおさらいに、剣を構えてください」  言われた通り、剣を構える。体の真正面のラインを意識して、胸の前。両手を使って、力を込め過ぎず少し遊びを持たせて握る。グレイさんも人に習ったことはなく、ほぼ我流の構え方らしいけど、さっきまでの僕の握り方よりはいいだろう。 「はい、良いですね。本職にはどう言われるかわかりませんが、私が若いころ旅してたときはその構えで十分でしたよ」 「若いころ……。そんなこともしてたんですね」 「まあ、色々やってきたからからこそ、ここの管理人に収まったんですよ」 「そうなんですか」  グレイさんとの話は、戦いのこと以外でもこの世界の理解が深まって楽しい。過去を匂わすようなことをたまに言うけど、この人の過去は一体どういうものなんだろう?想像するしかないけど、一人旅だったんだろうか。 「以前言った、サウスカ森林に出てくるモンスターの種類は覚えていますか?」 「ええと、獣系、植物系、…………スライム系?でしたっけ」 「その通りです、よく覚えていますね」  人に教えてもらったことを覚えるのが、仕事みたいなものだったんで。  と、グレイさんが何か考えるように腕組みをしていることに気付いた。 「どうかしましたか?」 「いえ、ただちょっと気になることが……。一心君はモンスターを見たことがありますか?」 「ないです」 「そうですか、人の住める地域のみに過ごしてきたのならそんな機会も滅多にないですしね。ああ、君の過去について聞きたいって意味でもないですよ、気にしないでください。ただ、モンスターを見たことないというのも依頼に際して不安があるので、絵でもいいからイメージを覚えてもらいましょうか。多分、ギレン君以外の人なら部屋にモンスターの絵の一枚か二枚は持ってるでしょう。それぞれ、その手の資料は持っておいて損はないような職業ですからね」 「はあ」  確かに、モンスターだの魔物だのと言っても、いまいちイメージできていなかったからそういうのを先に見ておくのはいいかもしれない。自前の想像力だけで考えようとしても、想定できる範囲に限界はあるし。あと、想像の中ではなぜか自分が強くなって活躍してるからあんまり当てにならない。 「それは後でいいとして、モンスターそれぞれの簡単な対処法だけでも練習しましょう」 「はい」  もう一度剣を構え直して、集中してグレイさんの話を聞く。 「まず獣系。肉食獣、草食獣、様々な獣をベースとしてマナによって強靭な肉体や特殊な生態を手に入れた魔物です。詳しく学ぶと面白い種類ですが、元が人間よりも運動のスペックが高い野生動物なので意外と難敵です。普通の獣と似たような見た目だからと侮ってかかって、痛い目を見る初心者も多いです」  この世界の野生動物は見たことないけど、狼とか熊とかがさらに強くなって襲ってくると考えたら、剣なんか悠長に構えてなくて銃でも用意したいよな。 「なので、獣系の魔物が襲ってきたらほかの人に任せましょう」 「え?」 「ほかの人に任せましょう」  聞き間違いじゃないらしい。 「後で説明しますが、罠を張る植物系やほかの魔物の出涸らしのようなスライム系と違って、獣系は初心者の小手先の技術でどうにかするのが難しいんですよ。ソロで当たったとしても、逃げることをお勧めしますね」 「わかりました……」 「無論、いずれは勝てるようにならないといけませんがね。今回はパーティを組むベテランや魔法を使えるリリィさんに任せましょう。そのために大勢で戦うんですから」 「なるほど」 「次に植物系の魔物ですが、これはまだ君でも対処できるはずです」  なんだか自分が本当にただの役立たずに思えてきたから、グレイさんのこの言葉は嬉しかった。 「これも獣系と同じように、実際に自然にいた植物がベースの魔物です。ただ、そもそも元の植物が脅威ではないので、あまり強くありません。毒を持っていたり普通の植物の中で擬態したりするのが厄介ですが、不注意に近づかない限り対処可能です」 「はい」  植物が植物に擬態って、見分けにくそうだけど大丈夫なのだろうか。 「本当に巧妙なのは専門家でもない限り見つけられませんが、ここらにいる程度のものだと大丈夫ですよ。不自然に大きかったり、露骨に動いたりしますから」 「なんだか間抜けですね」 「マナのせいでおかしくなったのが魔物ですからね。うまくかみ合って生物としてまともな形を保てているのはごく一部ですよ」  それもまた面白い話だ。この世界の理として魔物を受け入れていたけど、そう単純なものでもないのかな。 「対処法も単純です。根っこから切り離したら動かなくなるので、有害な部分を切り落としてから引き抜いたり焼いたりします。ソロでやるのは難しいですが、囮がいれば簡単です。振動や魔力に反応するだけの単純な行動原理なので」  成程、協力してやるのは僕にも頑張る余地があるかな。 「多分君は囮役でしょうね」  まあ、仕方ないか。 「リリィさんなら一人で倒せるでしょうね」  また自分が情けなくなってきた。 「最後にスライム系。さっき出涸らしと言いましたが、本当に弱いです。例によって場所によっては強い場合もありますが、ここらのは初心者用モンスターと言っても問題ありません」 「それはなんだか安心ですね」  スライムがモンスターってのは、よくわからない。獣は言わずもがな、植物も食虫植物で何となくイメージできるだけどな。昔、子供科学教室とかで作ったスライムを思い出すけど、あれが動くのかな?ゲームとかアニメとかに触れてたら、もうちょっとイメージできてたのかね。 「スライム系特有の酸も、気にしなくていい程度ですしね、サウスカ森林のは」  スライムって酸があるのか。作ったやつにはそんな要素あったっけ? 「大きいのには核があるのでそれを砕けば大丈夫です。核ってのは、スライムの粘液に囲まれた、綺麗な石みたいなものです。見ればわかりますよ。小さいのは核はありませんが、何度か切って分裂させれば動かなくなります」 「簡単そうですね」 「ちょっと時間を掛ければ、きっと簡単ですよ」  ようやく活躍できそうな魔物だ。 「リリィさんはあっという間に倒すでしょうけどね」  なんかもう嫌になってきたよ。
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