カウントダウン

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カウントダウン

 福音荘に戻ってからも、工房でネロさんが言っていた言葉が頭に残った。  ‟魔法使いはただ一人の例外なく、短命だからさ”……か。それは、ネロさんも、リリィも、なんだろうな。  短命といっても、どれだけ?普通の人より数年短いとか、その程度の話だろうか。でも、そのくらいならネロさんがわざわざ別れ際に言ってこないはずだ。やっぱり、かなり若い段階で寿命が来るのかな。  いつ、という疑問は浮かんでも、なぜ、と不思議に思わなかった。魔法の凄さは、前回の森や今日の工房でも重々理解した。それをたった一人の人間の、何か内面的な力を使って行うというのだから、生命としてあっという間に限界がきて、むしろ当然だと思った。  それでも、‟いつ”がタイムリミットなのかは、気になった。リリィと共に過ごせる時間が有限だと、急に知らされたように感じた。元々、時間が限られているのは言われるまでもないことなのに。  憂鬱ともまた違う、拭いきれないモヤモヤを抱えたまま、その日は眠った。明日何しようかなんて、考えることもなく。 「今日はヒマよね?」  朝起きるとともに、リリィにそう聞かれた。比喩表現でも何でもなく、本当に起きたと同時に。  部屋に忍び込んで、僕の起床を待っていたらしい。普通にやめてほしい。 「ヒマ、ではあるけど……」  たしかに、今日は誰とも約束していないし、これはといった予定はない。でも、なんでリリィがそんなことを気にするんだろう。 「あのね、ちょっと付き合ってほしいんだけど」  珍しくしおらしい様子で、そんなことを頼まれた。断る理由もないから、二つ返事で引き受ける。 「いいよ」  どこに、とも、なにに、とも聞かないのは、自分でも無警戒すぎると思う。けれど、何も聞き返す気になれなかった。昨日のことを引っ張っていたのかもしれない。  グレイさんが作ってくれた朝食を食べた後、早速出掛けた。でも、剣を忘れないで、とリリィに言われたことで、どこに行くつもりかは大体わかった。  案の定、以前通った道を先導される。そして、見たことある門の前に辿り着いた。 「森に行きたいんだけど、いい?」  そこまで来てようやく、彼女から目的地を聞かされた。すでに感付いてついて行っていたのだから、文句はない。  街の外に出てから、例の身体強化の魔法を掛けられた。走っていくことに文句はないけど、多少面倒だと思う。 「なんで、今日急に森に行くことにしたの?」  走っている間、退屈だからちょっとだけ話しかけた。 「別に。今のあんたは弱いから、次の依頼を受けるまでに経験を積んでおいた方が良いかと思っただけよ」  それを言われると、何も言い返せない。そっか、と返事をするだけに留めた。 「それより、この三日は年長組に街を連れ歩かれたんでしょ。何か思った?」  リリィも走るだけの時間に飽きたのか、急に問いかけてきた。 「ああ、楽しかったよ。同じ街なのに、三人それぞれの気に入りの場所とか、過ごし方とかがあったね。あたりまえだけど、全員別々の人間なんだなって」  ここ数日の出来事を思い返しながら、適当に言葉を紡いだ。真剣な問いだなんて、とても思っていなかったから。 「…………」  だから、リリィから沈黙が返ってきたのは、驚いた。何か気に食わなかっただろうかと、今更自分の言葉を推敲した。自分の脳は、問題はないはずだという結論を出したが、沈黙はさらに重く二人の間に圧し掛かる。耐えきれなくなって、一先ず謝ろうと口を開いたが、それよりほんの少し早く、リリィの重い口が動いた。 「そっか、何より。憧れるようなことはあった?」  憧れる?言葉の意味はよくわからなかったが、わからないということは自分とは関係ないということだろう。 「なかったよ」  リリィには悪いけど、真剣に考えた末の答えじゃない。もう一度静寂が二人の間に流れてほしくなくて、とにかく早く答えることしか考えていなかった。 「そっか」  さっきと同じ言葉でも、込められた感情は違った。明らかに嬉しそうで、見えないけど笑っているのかもしれない。  何が彼女の感情に影響を与えているのかわからなかったけど、嬉しそうならよかった。  それっきり、リリィは再び黙った。僕も話題の種を見つけられなくて、もう一度口を開くことはなかった。結局会話がなくなってしまって、何のために気を揉んだのかわからなかった。でも、さっきよりも居心地のいい静かさだったから、気にしないことにした。もう一度同じように不安がるのは嫌だったから、沈黙に甘んじてそのまま走る。幸い、気付けば森までもうすぐ、といったところだったし、退屈を我慢するのも苦にならない。 「とうちゃーく」  数日ぶりの森は、変わりないように思えた。そりゃそうだ。森がたった数日で変化する方がおかしい。リリィも、何の違和感もなく無邪気にはしゃいでいた。 「ちょっと様子見てくるから、待っててねー」  そう言い残し、リリィは足早に一人で森に入っていった。何の様子を見るのかさっぱりわからなかったが、こういうのはリリィに任せとけばいいと割り切っていたから、大人しく従った。  ぼんやりと佇んでいると、視界の隅で何かが動いた。  以前の依頼は特に危険もなく終わったとはいえ、僕一人だとこの森はやはり危ない。一気に警戒心が首をもたげ、剣の柄に手を添えた。  なにか動いたように見えたのは、特に木が生い茂っていた場所だったから、単なる見間違いだったかもしれないと警戒を解きかけたとき、もう一度何かが動いた。今度はしっかり見ていたから、どんなものだったか大体わかった。  今動いたソイツに太刀打ちできない恐怖を感じ、二歩三歩と後ずさりする。足元の草を踏んで、ほんのわずかな足音が出た。それだけで心臓が握られたように思えた。  その音が悪かったのか、ソイツがこっちを向いた。  ソイツは、木製の女神像のようだった。というかそのものだった。だから動かないと木に紛れて見つけられなかった。ソイツの造形は、美術に疎い僕でも、とても素晴らしいものであるとわかった。さぞ名のある彫刻家の作品のようでさえある。それだけに、あちこちから枝が伸びて葉がついていて、目だけは普通の人間のそれだったのが異様だった。滑るような移動方法を使い、体に巻き付いた一本の蔓を触手のようにうねらせている。こっちを見続けているが、それ以上何かする気配はない。音に反応するのだろうか。それならあのギョロギョロと動く目は何だという話になるが、僕に危害を加えないなら何でもいい。下手に音を出さないように、息をひそめて時の流れを待った。去ってくれればそれでいいし、リリィが戻ってくれば火魔法で一発だろう。なんせ相手の99%は木だ。そういう意味ではあまり心配せずに、漫然と立っていた。  リリィが戻ってくる方が早かったけど、それと同時に女神像の化け物は姿を消した。  彼女に報告する必要もないようなことだと判断した。わざわざそんなこと伝えたら、むしろ笑われるような気がした。だから、ちょっと不思議なこと程度な認識で終わった。 「そっち行ったよー」  そのあとは、森の浅いところで、小さいスライムを退治し続けた。 「オッケー」  このくらいなら自分ひとりで問題なく対処できる。初めは手間取っていたが、今は一度に数匹が来てもなんてことはない。 「うん、多少は動けるようになったわね」  リリィからもちょっとは認めてもらった。 「よし、もう少し深いところに行こうか。一心も、いい加減スライムには飽きたでしょ」  たしかに、リリィの言うとおりだった。  というわけで、僕たちは森の奥に足を向けた。正直なことを言うと、多分に油断や冗長があった。
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