事件である

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事件である

 彼女は毎朝ドアの向こうへ行くと だいたいの日は夜まで戻らない。 だが行く前にオレの居る所のカーテンだけは開けて行くのだ。 オレの為だと思っている。 唯一オレの存在をオレが感じる気がした。  外には今日も鳴きながら戯れ合う鳥と もっと上には円を描きながら羽を広げた大きな鳥がいる。 朝に通った子供達が今度は反対から何やら楽しそうに歩いている。 毎日の同じような光景を確かめ飽きたらキジを見ればいい。  寝とる  ええ〜な お前は お前には広すぎるソファーに丸くなって腹いっぱいなんだろう。 腹が減ったら彼女が用意したご飯を好きな時に食べ隣の部屋からこの部屋だって自由に歩き お前専用の3階建ての遊び場まであるんだから。 寝ているキジを見て深く羨ましかった。  昨晩いつものように1度目のドアが閉まる音がして帰って来たと分かった    1日中履いていたパンプスを早く乱暴に脱いだ。 同時に私は玄関脇の靴棚の上にある平たい小物入れに鍵を乱暴に入れた。 私はもう着く前から溢れ出しそうだった。 今にも 腹の奥なのか それとも 胸の奥の深い場所なのかキツく締めつけ その感情が溢れ出すのを堪えていた。  2回目のドアが開いた。 「おかえり〜 ちょっと今日 おそない?」 とっくにキジはドアの前に座って用意していた。 甘える準備である。 毎度の事ながらこの待つ姿ばかりはかわいいと認めるさ。  自分で自分の顔がグシャグシャになっていくのを誤魔化す様に持っていたカバンをソファーに投げ捨てた。  電気も付けずドアも閉めなかった  彼女は少し歩いてソファーに両手と顔を埋めて声を出して泣いた。 オレはいつもの少し高い窓辺から。キジはソファーの端っこの上に移動してその様子を見ていた。 暗い部屋の中でオレとキジは彼女だけだった。  キジは何度か見た事があったのだろうか。 オレは、まだここに来てから、ひとつ季節を終える位しか居ない。   誰も答えを返さない部屋に「行って来ます」と言う彼女。  ソファーに座って食べながらテレビを見て笑う彼女。  ソファーで横になり腹の上で座っているキジに話しかける彼女。  オレに顔を近づけて何やら話す彼女。 何だかドキドキが止まらい これは、オレにしてみれば事件である  私は泣きながら記憶を思い返した。 きっと ただの言い訳でそれよりも前なんだ。 連絡は取り合っていても会えなかった時間が結局隙間を作らせたんだ。 好きな人ができた それを言う為の会う約束だったわけだ。 確かに仕事が忙しい時期も足せば だいぶの間、恋人らしい過ごし方は無かった。 たが私にとって初めて自分以外の人を心から大切に思い長い月日を過ごした。 好きな人を別の人に取られた悔しい気持ちと 過ごした思い出と どうしようもならない感情が渦巻きながら大きく膨らみ体の中で圧していた。 そして それに負けて押し出てきた涙が止まらなかった。  どれ位の時間泣いたのだろう。  床に座ったままソファーから顔は上げ何とか泣き止んでいる。 だいぶ泣いて疲れたのか 置いた両手はそのままで彼女は動かなかった。 するとキジが座ったままをやめて彼女の目の前に座り直した。そして小さな頭を彼女の頬に触り何度も顎の下を通っては体を顔にすり寄せた。  いいぞ その調子でいけ 珍しく自分に目もくれない彼女をキジは見つめながら鳴いた。 やっとキジに目を向けいつもの様に両手でキジの頬を揉み回した。  でかした! そして小さな胸に彼女は顔を埋めそのまま優しく自分をなすりつけた。  オレの後ろから月明かりが彼女とキジを照らしその様子をオレは見続けた。 「いーなあ?キジ君は」 胸から離れて言った彼女は またすぐに座っている小さな体に寄りかかり両手で離すまいと撫でた。  いーなあ? 彼女のキジに言った言葉をオレは心の中で繰り返した。
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