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なぜ
「それいいねぇ! クリスマスに四人で行けたら最高。でもさ、その前に結衣が何とかしなくちゃ」声が近づいてくる。
電話の相手はわかっても、残る二人の男が誰なのかなんて君は知らない。それが一層、憎悪の火に油を注ぐのだろうか。
「あーなるほどね。大杉くんを誘うだけだったらあたしがやってもいいよ。後は結衣が自分でなんとかするんだよ。うんうん……え? いやだぁ、結衣が言ってよ。あたしまだ言えないから」
君にとって思いもかけない名前がひとつ。爪弾きの疎外感は君の表情を険しくさせる。スナップを利かせて開いた四インチのバタフライナイフは、月の光を鈍く弾いていた。
ナイフを持つ手が、寒さなのか怯えなのかブルブルと震えている。きっと君は、夢を見ているような浮遊感の中でそれを実行しようとしている。
引き返すなら今だよ君。自分の中の正気が頭をもたげてはいないのか。それを憎しみで噛み殺すのか?
息をひそめた君の前を、彼女が通り過ぎた。
「うんう」
ん、が終わらぬ前に、君は躍りかかった。
背後から左腕を首に巻き付け、右手に握ったバタフライナイフを喉元に当てた。
「や! うぐッ」
口を塞ぎ後ろからのしかかる。膝から崩れるようにしゃがみこんだ耳元に口を寄せた。
「バカ女!」もがく少女の口をさらに強く塞ぐ。
「なんであんなことすんだよ」
走り寄る靴音に動きを止め、振り返ろうとした君は、頭に衝撃を受けて横倒しになった。ぎゅっと目を閉じた後、なぜかを探るようにその目を大きく見開いた。視線の先で彼女がよろけるように立ち上がった。
「怪我してない? 陽菜ちゃんは帰って。誰にもなにも言わないで」
声の主が誰であるかはわかっても、なぜ彼がここにいるのかは理解できなかった。君は混乱の中にいた。
「拓海くん……」
「早く帰って陽菜ちゃん。誰にも言っちゃダメだから」
うん、という彼女の声を、横たわる君の耳に風が運んだ。
「ごめん、ちょっと蹴りすぎた」
君の肩に彼の手がかかる。
「神社で聞こえた話、嘘だからな斗士八。ナイフは俺が預かる。立てるか?」
うそだ……
ため息のような君の声は夜を漂い、静かにアスファルトに消えた。
─fin─
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