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僕の友達、ねこ
あんなに明るかった空は綺麗なオレンジ色に染まり、僕達にお別れの時間を告げる。映画館と遊園地、今までの埋め合わせをするかの様にたっぷりと遊び尽くした僕達を待っていたのは、心配のあまり気が動転していた両親とそんなねこ捨ててきなさいという命令だった。
うちの住まいじゃペットは禁止だって責める両親に僕はこれはロボットだから大丈夫だって抗議した。だけど空気を読まない、いや読めない猫が「ねこはねこです」なんて言うものだから、あえなく強制退去を命じられてしまった。
「もう!! どうしてあそこで自分はロボットだって言えないのさ!!」
「ねこはねこです。ロボットではありません。そうこたえるようにプログラムされているとまえにいいました」
本当にどこまでも融通がきかない猫だな、と思いつつも僕の中には大人達の理解の無さへの苛立ちよりも、今日の夢の様な出来事による嬉しさで満たされていた。
皆が面白かったと盛り上がる中、僕だけが取り残されていてずっと気になっていたあの映画をようやく観ることができた。それだけじゃない。ずっと体験してみたかったジェットコースター、おばけ屋敷、急流滑り…は水がダメって言って乗れなかったけど、とにかくたった1日で夢が叶ったのだから幸せじゃない訳がない。
たとえ無口で無表情で、何か気の利いたことをしてくれる訳じゃない相手でも、ずっと一緒にいてくれて、楽しんでくれる。それがこんなにも幸福なことだなんて知らなかった。何もしない友達に感謝だ。
「今日はありがとう。本当に楽しかったよ…残念だけど、ここでお別れみたいだ。またどこかで会えたら嬉しいな」
「おわかれ…ですか。ではクーリングオフということでしょうか?」
「え、何? くーりんぐ、おふ?」
「ねこはおかねをもらったので、まだみっかぶんいっしょにいることができます。でもおわかれということは、けいやくかいじょということであしたからあいません。ねこはしないねこなのでもっともふにんきなねこです。みんなすぐにでていけっていいます」
まるで訳も分からず飼い主に捨てられた猫の様に、悲しそうな雰囲気を出すしないねこに、僕は思わず「そんな訳ないだろ!!」と叫んで、肉球がついた弾力たっぷりの両手をぎゅっと握る。
「何もしないからってなんだよ!! 猫なんでしょ!? 最初からそんなの求めてないよ!! ただ…ただ側にいてくれたらそれでいいんだよ!! まだ3日分いられるということは1日1円だろ!? 何か安過ぎて心配だけど…いくらでもけいやくしてやるから…明日も一緒にいようよ…」
ここで別れてしまったら本当に最後になってしまうかもしれない。そんな底知れぬ不安を抱いた僕は駄々っ子の様に行かないでと必死にお願いする。しないねこは相変わらず無表情だけれど、どこかその言葉を待っていたかの様に嬉しそうな顔付きをしている様な気がした。
「わかりました。それならふつかだけまってくれませんか? ボタンをしゅうりしたらまたもどってきます。しゅうりちゅうのいちにちぶんはえんちょうするので、おかねのしんぱいはいりません」
「うん…うん!! 楽しみに待ってる!! また明日…って明日は会えないのか。また明後日!!」
しないねこは「はい。またあした、です」と言っててくてくとどこかへ歩き去っていく。きっと猫達が沢山いる工場かどこかに戻って、これから修理してもらうのだろう。本当に戻ってくるのか心配だけれど、僕はしないねこが無事に戻ってくるのを信じようと思う。
無事に直ったら何をしよう。
たべるねこにして、どこか美味しいレストランで食事するのもいいな。
れびゅーねこ、なんているかは分からないけど、映画の感想を言い合うのも面白そうだな。
いや、その前にのむねこにして牛乳飲ませてあげなきゃ。悪いことしちゃったし、そっちの方が先だ。
とにもかくにも、戻ってくるのが楽しみでしょうがない。ただ側にいてくれるだけでもいいのに、何かひとつできるだけでもやりたいことが沢山ありすぎる。夢は無限大だ。
うきうきな気分で家に戻ろうと回れ右をすると、まもなく沈もうとしている夕陽と月が輝く夜の景色が混ざりあった空が広がっていて、僕の心を奪っていく。この世界はこんなにも色で溢れていたなんて知らなかった。
こんな素晴らしい景色に気付けたのも、きっと「また明日」というお呪いのおかげかな、なんて思いつつ僕は頬を緩ませながら自宅に戻り、ただいまと元気よく挨拶した。
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