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水も滴るどころかちょっと濡れることさえも嫌がる変なねこ
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「あのー...そこで何してるんですか?」
急な土砂降りな雨の中を大急ぎで駆け抜けて、集合住宅の入り口にやっとの想いでたどり着いた僕を待っていたのは、両親でもなく、かといって近所の人でもなく...というかそもそも人ですらなかった。見た目は白い毛並みの猫そっくりだけど、もふもふとした毛は無く、二本足で立つ大型の猫だった。僕よりも大きいから160センチ位だろうか。とにかく大きい。
いや、いやいやいや、こんな猫いるはずがない。
聞いたことがないし、いたとしてもこれはきっと猫そっくりの置物かこんな雨の中で猫の着ぐるみをしながら立ちつくす変人のどちらかだ。
とにかくそこに立たれたら邪魔で入れない。僕の家はその奥にある階段を登った先にあるのだ。無言で横を通り抜けようものなら何をされるか分かったものじゃない。とりあえず当たり障りのない挨拶を、と思っていたのにいざ口を開いたら至極真っ当な疑問が出てきてしまった。
「ねこは『しないねこ』なのでなにもしていません」
「喋った!? 嘘だ!! 猫が喋るなんて聞いたことがない!! ていうかどう見ても猫じゃないでしょ!! 中に誰か入ってるんでしょ!?」
「ねこはねこです。『ねこですか』ときかれたら『ねこです』とこたえるようにプログラムされています。ちかいしつもんにもおなじようにこたえます」
「プログラム!? ロボットじゃん!! 猫型ロボットが本当にいたなんて!! 白いけど!!」
「ねこはねこです」と目の前の猫型ロボットは無表情ながら、ムッとした様な声質で僕に抗議する。あまりに非現実的な出来事に頭がくらくらするけど、今は狼狽えている場合じゃない。このままじゃ風邪をひいてしまう。何としても退いてもらわないと。
「あー分かりました。あなたは猫です。仰る通りでございます、はい。それで、その猫様はここで何をしているのですか? あとそこを退いてくれませんか?」
「ねこはあまやどりをしています。ねこはみずがきらいです。あめがやむまでここをどきません」
「えっ。いやそれは困るよ。そこどいてくれないと家に入れないんだってば」
僕は横からすり抜け様とするけど、図体だけやたらデカい猫の隙間を縫うことは叶わず、押しのけようとするも鉛でも入っているのかって程に重く、ピクリとも動かない。その間にも僕の体はどんどんずぶ濡れになっていく。
「頼むよ!! 中に入れてよ!! このままじゃ風邪ひいちゃうよ!!」
「ねこにめいれいしたいばあいはけいやくがひつようです。けいやくにはおかねがいります」
「お金!? そんなのこれしか持ってないよ!!」
僕はなけなしの五円玉...いつも神社に参拝するためのお金を猫の手に握らせる。黄金色のコインがピンク色の肉球の上にぷにゅりと乗り、猫はまるで魅せられたかの様にまじまじと見つめる。ロボットのくせに肉球があるのかという面白くないツッコミは冷えていく体の前では失せ、僕は無理だと分かりつつ頼むからこれで退いてくれと神に祈る。
「わかりました。いまからけいやくかいしです。ごこうにゅうありがとうございます」
「嘘でしょ!?あれで... あぁ、やっぱいいや!! 何かつっこむとめんどくさそうだし!! じゃあね!!」
さっきまで何をしてもピクリとも動かなかったのが嘘の様に、たったの五円で猫は壁側に寄り僕をすんなりと通してくれた。何かけーやくだのごこうにゅーだの言っていたけど、僕には関係ないことだ。階段を駆け足で駆け上がり、玄関の鍵を開けながら僕はあれこそこの前学校で習った猫に小判ってやつだな、とせせら笑ったのだった。
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