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何もできないくせに側にいるだけで何よりも救われた気持ちになれるねこ
朝寝坊した僕は今日も誰にも起こされることなく起きる。部屋には昨日拾ったしないねこと名乗る変なロボットが隅に立っていた。昨日と寸分違わず同じ場所だ。
「おはよう…ずっとそのまま立っていたの?」
「おはようございます。ねこはきゅうけいねこじゃないので、すわったりしません」
「そんなまじめな…お父さんとお母さんは? みるねこじゃないから分からない?」
猫はほんのわずかにムッとした表情で「だれもかえってきてません」と伝える。リビングに行くと物音ひとつ聞こえず、しんと静まりかえっていた。お父さんとお母さんはまだ仕事から帰ってきていないらしい。いたとしてもいつも疲れて寝ているから、僕は学校がない日はいつもひとりで起きて静かにすごさなきゃならない。
「知ってる…知ってたさ」
僕はいつも買い置きされているグラノーラと牛乳を皿に取り出し、いつもの栄養補給をする。テレビをつけて、何を言っているのかさっぱり分からない大人達のお喋りを見ながら、僕は黙々とふやけたシリアルを胃に流し込んでいく。
だけど今日は違う。何もしないくせに僕が行く所にはついてくる猫が、僕の側で何もせずじっとしている。こっちを見ていないのに何だか見られている感じがして、緊張からか食べ飽きたグラノーラに別の味がする。僕はそれがどいうわけか美味しいっと思ってしまった。
「…一応聞くけどさ。飲む?」
いくら何もしないからって飲まず食わずって訳にはいかないだろうし、猫と名乗るなら牛乳には目がないだろうと思って、無意味と分かりつつ僕は紙パックを目の前でちらつかせる。
「…ねこはのむねこじゃないのでのみません。おきもちだけうけとります」
やっぱり飲まなかったけど、その目を見れば本当は飲みたくて堪らないことがありありと伺える。僕は「そっか。ごめん」と言って嫌な想い出をしまう様に足早に牛乳を冷蔵庫に片す。つくづくモード変換できればなぁ、1日1回までっていうけど今のモードでも何もしないし、せめて楽しいことひとつできる様になれればなぁ、と歯がゆい気持ちになる。
うん。そうだ。
早いとこ直してもらった方が向こうのためだ。
ここでお別れだってハッキリと伝えよう。
「ねぇ。悪いんだけどさ、今日でっ」
不意にテレビのCMが流れ、僕は折角口を開いたにも関わらずそっちの方に気をとられてしまう。最近流行りのアニメ映画のCMが30秒程流れて、すぐに別のCMに切り替わる。そのたったの30秒に僕は強い憧れを抱き、全く関係のない化粧品のCMでさえもボーと見つめ続ける。
「いきたいんですか? えいが」
「えっ」
「ねこはしないねこなので、えいがをみることもかんそうをいうこともできません。でもえいがかんまでついていくことはできます」
そう僕に告げる猫は真っ直ぐな瞳で僕の背中を押してくる。あまりに予想外な提案に僕は一瞬動揺するも、心の奥底で塞き止めていた何かが溢れだし、言葉となって僕の口から漏れだしていく。
「ぼ、ぼくんちさ、お金稼がなきゃって言ってて、いつも…誰もいなくて…僕も、少しでもお母さん達を楽にしてあげようって、毎日毎日、誰とも遊ばずに勉強してて…友達、だれも、いなくて…」
胸に留めていた想いを漏らせば漏らすほど、僕は気持ちが抑えきれなくなってくる。ただ一言伝えたいだけだったはずなのに、まるで甘えたがりな幼児の様にぽつりぽつりと涙を流してしまう。しないねこは何もしないはずなのに、そんな僕を何の奇跡かぎゅっと抱き締める。それがとどめとなった。
「一緒に、映画館に来てください…お願い、します」
しないねこは二つ返事で答えてくれた。
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