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私がそれに出会ったのは、中学一年生の時。
母が粘土細工。父は油彩。姉は服作り。
家の中は色とりどりの作品で溢れていた。
けれど、そこに私の作品は一つもなかった。
理由は簡単だ。私は作品と呼べるものを生み出したことがなかった。
イラストを描くのも、落書きだけで完成とは程遠く。ビーズ細工に編み物に木工、思いつくままに何でもやってみたが、どれもこれも長続きしなかった。
でもそれは、姉が連れて帰ってきた、一体の人形と出会いによって変わる。
初めて目にしたその子は、息を呑むほど綺麗だった。
丁度、当時の私くらいの年頃の、身長六十センチの女の子。
栗色の長い髪に白い肌。淡く色づく頬。どこか愁いを帯びた表情は不思議な魅力を持っており、ガラス玉のような瞳は、確かに無機物なはずなのにまるで生命を持っているかのようにきらめいていた。
関節が動き、ポーズを付けることのできるそれは「球体関節人形」俗に「ドール」と呼ばれるものだと知った。
一目で虜になった私は、ドールについていろいろと調べた。インターネットの情報だけでは足らず、専門の雑誌を買い、気に入ったドールの写真を穴が開くほどに見つめたりもした。
姉のお供で専門のお店を覗いたこともある。綺麗なドールたちに目移りしながらも、流石にお小遣いでは手が届かない値段だったので、姉に頼み込んで毎日のように彼女のドールを何時間も眺めた。
そして、ある日、気が付いた。
調べれば調べただけ、作ってみたいという欲求が高まっていく。
始めは、どうせまた中途半端で終わるのだからと、その欲を見て見ぬふりをしていた。
しかし、色々なドールを目にするほど「私ならばこうするのに」という気持ちが膨らんでいく。
お店に並んでいる子たちは、お小遣いが足りなくて諦めたんじゃない。誰かの手から生まれたその子たちを、心の底から迎えたいという強い気持ちが私に生まれなかったのだ。
――もし自分が作ることになったら。
そんな妄想の形をノートの端に描いてみた。今までになく、まるで滑るように筆が進んだ。
この子をこの手で生み出せたならどんなにいいだろうか。ノートに描いたドールの姿を眺め、何度もそう思った。
自分には無理だと思っているくせに、とうとう私は人形制作に関する本を買った。
毎日何時間も人形を眺め、インターネットで何度も同じことを調べ、挙句作り方の本まで揃えた時点で、普通の家庭ならば様子がおかしいと難色を示されたかもしれない。
けれど幸い、我が家族は普通ではなかった。
「その材料ならいつも行くお店で買えるから」とやけに上機嫌な母と一緒に材料を買いに行った。「好きなことをやりなさい」と、父は自分が使っていた画材を譲ってくれた。
難なく揃ってしまった道具と材料を見ながら、私は恵まれていると心の底から感謝した。その気持ちを噛みしめながら、私はいよいよドール制作を始めた。
そう簡単に上手くいかないことは想定済みだった。
だって、いつもそうだったから。今までの趣味は、何かに躓く度に嫌になって投げ出してきた。
ところが、ドールを作りに関しては、思い通りにいかないことすら楽しかった。今までにないその感覚にわくわくして、毎日放課後が待ち遠しくて仕方がなかった。
そして、数か月の試行錯誤の末に、ようやく私の手からドールが生まれた。
私はあえて、その子に性別を与えなかった。なんとなく、生々しくて可愛くないと思ってしまったから。そのせいか、綺麗だけど、どこか妖しくて、なんとも不思議な雰囲気を持った子が生まれてくれた。
「初めてとは思えないね。七、あんた才能あるよ」
粘土の扱いの難しさを熟知している母に褒められ、私は有頂天になった。
姉が、その子にお手製のドレスを着せてくれた。フリルとレースが山盛りの、姉の趣味丸出しのドレスだったけれど、文句を言うのが申し訳なくなるくらい可愛くて精巧なものだった。
それから、私は性別不詳のドールを生み出し続けた。高校生になった今もそれは変わっていない。
私の手で生まれ、姉の作った服を着たドールたちは、家族の作品と共に家中のあちこちに飾られている。
――だというのに。
私は人形作りに関して、満足したことが一度もない。
その理由は、ドールたちの顔。
どの子の顔も魅力的だと自負している。なのに、どうしても何かが物足りない。何がどう違うのかはわからない。
それどころか、理想とする顔を思い浮かべることすらできないまま、私は藻掻くように人形を作り続けていた。
「ただいま」
靴を脱ぎ捨て、足で玄関の端っこに適当に寄せる。階段を駆け足で上り、自室に飛び込んで制服のジャケットを脱ぎ捨てる。動きやすい服に着替え、またドタバタと階段を下る。
向かうのは玄関からすぐそこの洋間だ。
「おかえり」
丁度、作業机に向かっていた母が顔を上げてまた手元に視線を戻した。新作はどうやらうさぎになるらしい。丸っこくて可愛い背中がちらりと見えた。
私は吊り下げて乾燥を待っていたドールの胴体の具合を見る。
もう慣れてしまったけれど、人形とはいえ、ばらばらになった人の手足や胴体が部屋の中にある光景は、他所の人には不気味に映ることだろう。
反対側の壁際には父の描き途中の静物画がイーゼルに立てかけられている。今回のモチーフは電動工具らしい。相変わらずチョイスが謎だ。
壁に沿っていくつか配置された棚には、ありとあらゆる器具や素材、画材が詰まっている。
ここが、我が家自慢の「アトリエ」だ。
ちなみに、油彩絵の具の匂いを嫌う姉はこの部屋にあまり入らない。いつも自室でミシンをうならせている。
エプロンをかけ、程よく乾燥が済んだドールの肢体を机の上に並べ、私は深呼吸をする。
――今日も、藻掻く作業が始まる。
明日も明後日も。多分、何年経っても。もしかしたら死ぬまで、私は同じことをしているのかもしれない。
完璧な理想のドールをこの手で生み出すその日までは。
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