それは理想という名の現実

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「で? それって恋とどう違うわけ?」  サツキからの予想通りの返事に、私はがっくり肩を落とす。  どうにかして葦屋くんの素顔を観察したいけれど、良い案は思い浮かぶわけもなく、私は友人の知恵を借りることにした。  昼休み。理想の顔との邂逅を聞かせるにつれて、サツキは面倒くさそうな顔になっていった。聞きようによっては、サツキが苦手とする恋愛相談に聞こえなくもないからだ。それとは対照的に、私の隣でお弁当を食べていたゆきちゃんは浮かない顔になっていった。 「何度も言うけど、恋じゃないから! ただひたすら葦屋くんの顔が理想だったの! あの日お弁当箱を忘れたのは、あの至高の(かんばせ)と巡り合うための神様のお導き……!」 「神様? お導き……?」  わかったのかわからなかったのか、ゆきちゃんは可愛いピンクのピックに刺さったイチゴを頬張った。ちょっと大きかったようで、まるでリスみたいになっている光景にしばし癒される。  なんとかイチゴを飲み込んだゆきちゃんは、うーんと唸ると、こちらに不安げな眼差しを向けてきた。 「ねえ、なのちゃん、ほんとのほんとに恋じゃない?」 「違うけど……え、何、そんなに確認されると逆に気になる」 「うーん……勝手に言っていいのかなぁ……?」  ゆきちゃんは困ったように眉を下げ、手にしたピックをランチボックスに戻した。 「……じゃあ、本人から言おうか?」  背後から突然聞こえた男子の声に、私とゆきちゃんは驚いて椅子の上で飛び跳ねる。  振り返ると、まさかの葦屋くんがいた。 「え、今の、聞いてた?!」 「そりゃ近くで顔がどうのこうのって名前も伏せずに言ってたら、聞きたくなくても聞こえるでしょ」  サツキが食べ終わった菓子パンの袋を几帳面に畳みながら、やれやれと言いたげに首を振る。どうやら葦屋くんが、私のすぐ後ろでお昼を食べていたことに気が付いていたらしい。いや、言ってよ。  葦屋くんはひょいと肩をすくめて、サツキの言い分を肯定した。 「丸聞こえ」 「うわ……すみません……」 「それはまあ、別に」  余りの申し訳なさに私は頭を抱えて机に突っ伏した。本当に気にしていない様子の葦屋くんが続けて口を開く。 「……俺、一応恋人いるから。小林さんも、そのことでしょ?」  話題を振られたゆきちゃんがこくこくと首を縦に振る。  自分の感情が恋愛とは程遠いことを自覚してはいたけれど、なんとなく複雑な気持ちになった私は葦屋くんを見上げた。  ――あれだ、好きな芸能人が結婚した時の、なんとなく寂しいような虚しいような、でも幸せになってねと願うような、そんな気持ち。 「どこのっ……ちなみに、私たちが知ってる人?」  うっかり「どこの馬の骨だ」という台詞が飛び出しそうになったけど、なんとか堪えた。  葦屋くんが眼鏡を外して顔を少し傾ける。前髪がさらさらと流れて現れた、芸術品のような顔に無意識に目が吸い寄せられる。  視線を教室に巡らせていた葦屋くんが、ふっと微笑む。 「アレ」  葦屋くんが指さした先には、キツネ色の髪をしたでっかい男。  サツキが「へー」といかにも興味がなさそうな返事をする。知っていたらしいゆきちゃんは、私が失恋したんじゃないかと心配してこっちをちらちらと伺っている。  けれど、私はさらりと知らされた事実に驚く前に、葦屋くんの天使の如き微笑みに打ち震えていた。 「あ、ああああ、ありがとうございますっ!!」  私の意味不明な感謝の意によって静まり返った教室に「いや、だからなんで?」と言う葦屋くんの呟きが虚しく響いた。
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