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家族の話
夜8時。私は仕事から家に帰ってきた。予定より早い帰宅だ。扉を開けると、エミリーが迎えてくれた。
「パパおかえり。」
「おかえり。今から晩ご飯を作るから少し待っててくれ。」
今日の晩ご飯は、エミリーの大好物のオムライスだ。
これがエミリーとの最後の食事になる。エミリーにはまだ言っていないが、私はエミリーを別の精神科に連れて行くことにした。
今日の仕事というのも、紹介状などの書類記入や病院の下見のことだった。
晩ご飯が出来た。エミリーはオムライスを見て、嬉しそうに飛び跳ねている。このままエミリーと暮らせればどんなにいいか。
だが、エミリーからミザを取り外さなければ、エミリーに幸せは訪れない。
だから私はエミリーに本当の事を話した。
「エミリー。パパはもうエミリーとは一緒にいる事が出来なくなったんだ。」
「何で?私が病気だから?」
エミリーはもうすでに知っていたらしい。
「ああ。でもパパは必ず治ると信じているよ。」
「どうやったら治るの?」
「エミリーの中にいる悪魔を追い出せば治るよ。」
そうだ。ミザという悪魔さえ追い出してしまえば、また一緒に暮らせる。
「エミリー、ミザとは今日でお別れしなさい。あれは悪魔なんだ!」
「違う!ミザは私の妹だよ。そんなこと言うパパなんて大っ嫌い!」
次の瞬間、エミリーは気を失ったように倒れた。
この光景を私は見た事がある。エミリーがミザに変わるときの合図だ。
このままでは私が殺されてしまう。私は咄嗟に台所から包丁を持ってきて構えた。
そして、ミザが起きあがろうとした所に包丁を突き刺した。
「ああああっ!痛い!痛いよー!」
私は我に帰った。この声の主はミザではなく、エミリーだ。私はまたエミリーを傷つけてしまったのだ。
私は急いでエミリーの包丁を引き抜き傷口を押さえた。幸い命に関わるような傷では無かったが、血が溢れ出て止まらない。
このままではエミリーが失血死してしまう!
私は急いで救急車を呼ぼうと後ろのテーブルにある電話に手を伸ばした。その時、背後から掠れた声が聞こえた。
「電話をかけたら殺す。」
声の主はそう言うと、テーブルの上のロウソクを手に取り火を傷口に当てた。火が傷口を焼き始めると、余程の痛みなのか唇を血が出るほど噛み締めていた。
私はこの光景をただ見ている他なかった。
程なくして、傷口が塞がり血が止まった。放心状態になり床に座り込んでいる私に声をかけたのは、ミザではなくエミリーだった。
「ミザはなんでも知ってるの。傷の治し方もパパが隠してた地下室の開け方も。」
私は一度に沢山の出来事が起こりすぎて、訳が分からなくなっていた。私がその時に出来た事は、ただエミリーを抱きしめて、口を動かす事だけだった。
「エミリー、すまない。すまない。」
するとエミリーは口をゆっくり開いた。
「謝らないでパパ。もう家族ごっこは終わり。」
その瞬間、脇腹に激痛が走った。今までに感じたことの無い鋭くて、重い痛みだ。
「エミリー、何故だ?」
最後の力を振り絞って問いかけた。
「パパの嘘つき。私は信じてたんだよ⁉︎ やっぱり、いつもミザの言う通りだ。」
私が人生の最後に見たのは、最愛の娘の
泣き顔だった。
「だから言ったでしょ?アイツらは信用出来ないって。」
「ごめん。やっぱりパパもママも前の家族と一緒だった。私のこと異常者だと思ってるんだ。」
「エミリーには私がついてる。私が絶対守ってあげる。だって、私達は2人だけの家族でしょ?」
ミザはそう言うと、家に火をつけた。パパとママとの嘘に塗れた思い出が詰まった家は、あっという間に炎に包まれた。
「家族ごっこでも楽しかったよ。ありがとうパパ、ママ。」
私達はそう言い残し、燃えて骨組みが露わになっている家を後にした。私達は2人で一つこれからもずっと。
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