田舎町

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 小雨なら走れば済む距離を、きつい雨が傘をひらけと命じる。素直に従ってはみたものの、折りたたみ傘では頭を濡らさないのが精いっぱいだった。  アスファルトのはね返すしぶきが、かかとの低いローファーにもぐりこむ。自動ドアをくぐった時には、駅で待っていればよかったと後悔した。  しかし、ホームではじっとしていられない衝動があったのだ。  買い物はあっけなく終わった。こんな短い時間では、雨があがっているはずもない。  湿った靴の中が不快だ。ずぶ濡れになってもいいから帰ってしまおう、と思い、出入り口につま先をむけた。が、足が動かない。  どうしても、フードコートにいかなければならない気がしたのだ。一休みしよう、と気持ちを切り換えた。  フロアには、いくつあるのか見当もつかないほど、大量のテーブルと椅子が配置されていた。広いスペースの両脇にぎっしりならぶのは、カラフルな看板でお客を誘いこもうとする店舗たち。  新しく作られたショッピングモールともなれば、無料の休憩所もおしゃれなものだ。色彩にあふれた明るい空間。ただ、壁一面のガラス窓には、横なぐりに降る雨で白黒に染められた景色が広がっていた。  座るためにボックス席へと歩み寄る。  なぜだろう。今日はやけに視線を感じる。ホームでも、墓石マンションにじっと見おろされていると錯覚した。誰も私なんて見ていないだろうに、テーブルに椅子だと、体がむき出しで不安を覚える。  ソファと肩ほどの高さのパーテーションで区切られたボックス席なら、少しは人目を避けることができそうだ。一番すみのスペースに腰をおろし、無料のお茶をすすった。  しかし、駄目だった。手持ちの文庫本をひらいてみても、どうも楽しめない。人の話す声、たてる物音が神経に障る。いつになく耳が敏感になり、音を勝手に拾ってしまう。そういえば、やむことのなかった耳鳴りが消えていた。  音楽でも聞けば気分はまぎれるだろうが、あいにく私には、お気に入りの楽曲を収めた機械を持ち歩く習慣がない。  ストッキングにくるまれたつま先は水を吸い、靴の中でぶよぶよと膨張する。  うっとうしい。  親指と人さし指の間にはさみこまれた湿気が、私をうつむき加減にする。こまかく指をこすりあわせると、ぬるりとした感触に顔がゆがんだ。やらなければよかった。  靴を脱いでしまおうか。一度そう考えると、足もとに伸びる手をとめることはできなかった。不作法な恰好になるが、ここなら目立つこともない。  机の下に半身を入れた。靴の履き口に指先を当て、力をこめた瞬間、パーテーションの向こう側が騒々しくなった。
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