田舎町

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 電車がとまり、ドアがあく。すねにかかるスカートを風がさらった。  たった二両の電車から、ひと目では数え切れない人が降りた。その大勢の足音を重量のある雨音がかき消す。  今日の天気予報を思い起こせば、これは何時間も降る雨ではない。いわゆる夕立というやつだ。  田舎のバスは通勤の時間帯でも一時間に一本と、まるでやる気がない。それに自転車を置いて帰ると明日の出勤が面倒だ。せっかく定時で会社を出たのに足止めとなった。  ホームで雨の角度を眺めていたが、どうにも落ち着かない。駅にへばりつくように建つマンションが気になるのだ。  グレーのタイルをはりつけた細長のマンションは、私に墓を連想させた。突然に迎えた家族の死により、半年前に建てた墓を。  墓石マンションに背を向けていても弟の顔が脳裏にちらつくのは、今日が弟の誕生日だったからなのか。弟が死んで以来、やまない耳鳴りも大きく感じる。マンションの気配は時間の経過とともに強くなり、見張られている気すらした。  溜め息を一つつき、目をむけた先には白塗りの巨体が横たわっている。二両編成の電車が、一時間に数本だけとまるちっぽけな駅の、目と鼻の先に建てられたショッピングモールだ。  私が女子高生だった十年前、駅は広大な畑に囲まれ、春にはひばりが空のまん中で鳴いていたのに、今では家、家、家。ひばりは消え、雀と鳩が幅を利かせている。  開発規制がなんとか、農地の保護がどうとか。そういった役所の決め事が取っ払われた結果、巨大商業施設を中心に、駅周辺は急激にひらけた。地方では珍しい、人口の増えているエリアだ。  私の家がこのエリアにあるなら、土砂降りの雨を押し切ってでも帰る。  しかし、うちは駅から自転車で三十分。不便だ。  職場の近くに住もうとしたが、「嫁入り前の娘が一人暮らしだなんて、体裁が悪い」と母に激しく抵抗され、断念した。  嫌な記憶をほじくったせいか、それとも墓石マンションの影響か、ホームの居心地は悪かった。  気分を変えたくて、頭を小さく振った。その拍子に、昨日カラシを使い切ったことを思い出した。  ちょうどいい。まだ野菜も肉もあるが、今日、済ましておこう。とにかく、ホームにいるのはもうごめんだ。  数日に一度、私は仕事の帰りにショッピングモールのスーパーに寄る。弟が引き起こした事件により、家から出られなくなった母に代わってあれこれ買う。  どんな顔をして人前に出ればいいのやら。はずかしい。あんな騒ぎを起こして、ご近所さまに申し訳ない。  田舎にはびこる人の目、人の噂に怯え、母はとじこもった。感情はゆがみ、不満を溜め、私を()(ぐち)として利用する。家に帰り着けば、延々と愚痴を浴びせられる。  父がいれば少しは違ったのかもしれないが、単身赴任となって久しい。家庭の事情を会社に話し、転勤を希望すれば自宅に戻れそうなものなのに。そうしないことに、父は家を敬遠しているのだとわかる。  ああ、私も家を出たい。早く母から離れたい。
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