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「もー、サイアクー。雨やまねーし」
「まあまあ、月愛。そう怒んないの」
ドズンと重い音は、カバンをソファシートに放り投げた音だろう。声の調子からすると、若い女性だ。
自分の見通しが正しかったのか、たしかめたくて体を起こそうとしたら、動いてはいけない、と直感した。
今日は電車を降りてからずっと、逆らってはならない流れのようなものを感じる。
ショッピングモールを訪れ、フードコートに立ち寄り、ボックス席に腰をおろす。すべて自分の意思のようでいて、実はなにかにあやつられている気がする。
「水にする? お茶? それとも豪勢にジュースとかいっとく?」
「ここんとこ、あのバイトやってねーからなー。金ねーよー」
太い声の返事に、「んだね」と答えて、まる出しの太ももをぶりぶり交差させ、一人が無料のお茶や水のコーナーへと進んだ。
パンツが見えそうなほど、短くたくし上げられたスカートを目にしたとたん、動悸が早くなった。
弟が勤めていた学校の制服だ。
鮮やかなトルコブルーにチェックの入ったスカートがよく目立つ。制服の可愛らしさで高校を選ぶような女子を無節操に受け入れる、地元でも屈指のバカ高校。
残った二人は、隣に人がいることなんておかまいなしの音量でしゃべっていた。太くよく通る声が、兄の進学にまつわる親子の衝突をならべたてる。
もしかすると、私の存在には気づいていないのかも。私は靴を脱ごうと、テーブルの下にもぐった形のままだ。
「そんなていどの大学しかいけないなら地元の私立にいけ、なにが東京だって、オヤジがキレちゃってさ」
「まだいいじゃーん。働けとか言われないだけ」
さして特徴のない声が応じた。
「兄貴が東京いってたら、あたしもこんな田舎から脱出できたかもしんないんだよ。どうせ頭わりー大学しかいけねえんだし、もしかしたら専門かもしんないし。それで田舎暮らしなんてショボすぎだろ。東京で遊ぶほうがぜってー楽しいし」
「でもー、兄貴のことー、好きなんでしょ、月愛は」
「まあね。要領いいし、細マッチョでかっちょいいし。大学卒業したら消防士か警官になるって言ってる」
「そだよねー。底辺の大学出たっていい会社なんか入れないんだから、それが賢いやり方だよー」
飲み物を取りにいった少女がもどってきたようだ。プラスチックのトレーが机にすれる音がする。
「ほれ、どれでも好きなの選んでー」
ごくごく当たり前の声が、持ちかえった飲み物を勧めた。ルナと呼ばれた女以外は、聞き分けることができない。
「んだよー。お茶と水ばっかだしー」
「冷たい水、あったかい水、あったかいお茶。よりどりみどりだろー」
「そだよね。精いっぱい工夫してくれたよね。ありがと」
「やっぱ、金ねーとシケてるよねー」
嘆く少女の声に太い声が重なった。
「なあ、バイト復活すっか」
「バイトって、アレ?」
「あたしたちでバイトっていえば、アレに決まってんだろ」
「でも月愛、うちらがいくら再開しよって言っても、今はマズイって、とめてたよね」
「もういいんじゃねえかなって。そろそろ半年なんだよ、あのバカが死んでから」
半年……。弟が自殺してからと同じ時間だ。この女子高生たちが通うのも、弟の勤めていた学校と同じ。偶然の一致なのか……。
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