カードゲーム

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少年Aが「僕の家で遊ぼうよ」と言いました。 定くんは嬉しくなりました。歳が離れていても、新しい友達が出来たと思えたからです。 少年Aの家は印刷業を営んでいました。 「あら? 新しいお友達かい?」 忙しなく働く少年Aの母とパートのおばちゃんが定くんを見て笑顔を向けました。 「これが終わったら夕飯なんだけど、お家にはお父さんかお母さんはいるの?」 少年Aの母に尋ねられた定くんは少し口をごもらせながら答えました。 「いない。お母さんは仕事だから、暗くならないと帰ってこない」 「……そうなんだ。だったら夕飯も食べていったらいいよ」 温かな優しさに触れられた定くんは嬉しさの反面、少しの寂しさも感じました。 もう一人の少年Bは以前から何度も家に招かれている様子で何食わぬ顔で素通りしていました。 「カード持ってる? お遊びマンカード!」 少年Aが流行りのトレーディングカードを持って定くんに見せました。 定くんはそのカードを何枚か持ってはいましたがカードゲームのルールは知りません。 「知ってる。沢山持ってるよ」定くんはまた嘘をつきました。 定くんの心には既に嫉妬心が燻っていました。 二階建ての裕福な家に住み、いつも母親がいてくれる環境。鍵っ子の定くんにとってそれは憧れでした。 少年Aは定くんに笑顔で言いました。 「僕もこんなに持ってはいるんだけど、ルールが分からなくて誰とも遊んだ事がないんだ」 「ルールなら知ってるよ。ここの星の数がライフなんだ。攻撃されると星が減るんだよ」 定くんは嘘を重ねてデタラメなルールを教えました。全ては少年Aの家庭と自身との比較から起きた自尊心の揺らぎ。存在しないルールを教える事で少年Aに慕われようとしてしまったのです。 嘘に気付いたのは傍で様子を見ていた少年Bでした。 「それだと、星の数が多いお遊びマンが強い事になるじゃないか。強いカードだけ揃えたら簡単に勝っちゃうし、どっちも強いカードだけだったら勝負にならないじゃん。なんかおかしいよ」 定くんは何も言えなくなりました。 「こいつ、嘘ついてるよ!」 少年Bは定くんを睨み付けました。 「何で嘘ついたの?」少年Aが定くんに問いました。 定くんは立ち上がり、「あ、バレちゃった」と一言口にすると走ってその場から逃げました。 「待て! うそつき!!」 少年ABがあとを追いかけました。 定くんは印刷所の間を走り抜け、表に出ました。 「仕事場では遊ばないで! 部屋に行くか外で遊びなさい!」 と、少年Aの母が勘違いして注意したその時、定くんのすぐ後ろを追っていた少年Aは積まれていた段ボールの角に足を取られ、顔から地面に倒れ込んでしまいました。 背後で少年Aが転んだ音と子供らしくわんわんと泣く声が聞こえましたが、定くんは振り返る事はせずにそのまま走り出しました。 少年Bが勢いよく表に飛び出して来ましたが、大人たちに介抱される友達の少年Aを気遣い、遠くに見える定くんに向かって怒鳴りました。 「絶対許さないからな! 二度と来るなよ!」 定くんは逃げ切ると、とぼとぼと歩き出しました。 家に戻るとポケットから鍵を取り出しました。母親に朝いつも渡される鍵です。 その鍵をドアノブに挿しました。 ドアを開けると中は薄暗く、母親の「おかえり」という声や台所で夕飯の支度をする音も聞こえません。 定くんは、誰もいない静かな家に帰って行きました。
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