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目が覚めると消毒液の独特な匂いが鼻先を掠め、此処が保健室のベッドの上だと知った。
どうやって来たんだっけ。
ぼーっと天井を見つめていると横から声がして、ゆっくりと目線をそちらに移す。
其処に居たのは、心配そうな表情を浮かべた東條だった。
「大丈夫?」
「..っげほ、げほ..!」
何でこんなところに、こいつが居るのだろう。
疑問をぶつけようとしても、喉がカラカラで上手くいかない。
咳き込む俺の背中に素早く添えられた手の温もりは、さっき助けてくれた人と同じもので。
まさかあの後すぐに授業を抜けて、わざわざ追ってきてくれたというのか。
普通だったら不良の気紛れだと思って、俺みたいな奴は放っておくだろうに。
「..助けて..くれたん、だよな..?」
「教室を出て行くとき、顔色が悪く見えたから。」
礼を言って起き上がると、東條は少し笑ってペットボトルの水を差し出してくれた。
用意しておいてくれたらしい。
それを受け取って少し飲むと、喉の渇きが潤っていくのを感じた。
本当に誰にでも優しいんだな、秀才くんは。
黒い感情が口から溢れそうになり、慌てて別の言葉を探す。
「たまに俺のこと見てただろ。」
「..それは..」
「別にいいけど。授業に出席してるのが珍しかったんでしょ。」
「..そうじゃない。好き、だから..心配だったんだ。」
なんてことのない、どうでも良い会話で終わるはずだった。
それなのに返ってきたのは予想外な告白で、動揺し持っていたペットボトルがするりと手から滑り落ちた。
目線を俯かせて両膝を握る姿が、冗談でないことを証明しているようで。
こんなの、知らない。
味わったことのない甘い空気に眩暈がする。
「俺なんて、ただの欠陥品なのに。」
「..そんなことないよ。」
訳が分からなくなって咄嗟に出たのは、自分を卑下する言葉だった。
どうして俺はこんなことしか言えないのだろう。
寂しげな東條の声が、両親の絶望した声と重なり、息が上がっていく。
ーーーっ嫌だ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
ポケットの中に忍ばせていたカッターナイフを、思いきり手首に向かって振り翳した。
「..っ..」
「落ち着いて..!」
刃が刺さる手前で腕を掴まれ、その強さにハッと我に返る。
言い訳をして誤魔化せるようなことではない。
恐る恐る東條を見ると、ひどく驚いた様子だった。
いつまでも不自然に長袖のシャツを着ている理由にも気付いただろう。
せっかく好きになってくれたのに、これで全て終わりだ。
気持ちが悪い奴だと思ったに違いない。
嫌われた、そう考えると途端に涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「ごめんね、僕が好きだなんて言ったから..」
「..ちが..っそうじゃ..」
困っているような、哀しんでいるような声で、東條が謝っているのが聞こえた。
悪いのは俺の方なのに、上手く伝えることが出来ない。
両手で顔を覆って嗚咽を漏らす姿に呆れてか、子供をあやすみたいにそっと頭を撫でてくれる。
申し訳ないと思うのに、やっぱりその手は心地好い温もりをしていて。
自然と心が安らいでいくのを感じた。
「..もう嫌いに、なったかも..しれない、けど..」
「うん..?」
「..まだ間に合うのなら、お前の..その、東條の傍に..居させて欲しい..」
「っ、良かった..」
涙も枯れ果てた頃、みっともなく震える声で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
最初は不思議そうに首を傾げていた東條も、最後まで聞き終えると安堵したように頬を緩ませ、にっこりと微笑んでくれた。
急に恥ずかしくなってきて、ぼわっと一気に顔が火照っていく。
これからは独りぼっちじゃないのだと思うと、ほんの少しだけ心強い。
初めての感覚に戸惑いながらも、そっと寄り添った。
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