心当たりが、ありますよね?

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

心当たりが、ありますよね?

 ネットオークションに出していたフィギュアの落札価格を見て、オレは小躍りしそうになった。  五十万円。  最低入札価格は十五万円に設定していて、実際は二、三十万くらいになるだろうと踏んでいたのだが、予想のおよそ二倍だ。  あの物の価値を知らない馬鹿な男から買い取った時の価格が五万円だったから、四十五万円の儲けになる。  落札者が直接の手渡しを要求してきた点については最初面倒に感じ、郵送にしてくれと交渉しようと思ったのだが、指定された場所が自宅から大して離れていないのを見て気が変わった。  このくらいの距離なら行くのにさほど時間はとられないし、五十万円を逃すリスクを冒してでもごねるほどではない。  オレは自慢の長い髪を丹念にセットすると、五十万円の使い道を考えながら浮かれた気分で指定された場所へと(おもむ)いた。  待っていた落札者は、気の毒なほど頭髪の薄くなった年配の男だった。特撮フィギュアを集めるようなタイプには見えず、オレは意外に感じたが、まあ人の趣味はそれぞれだろう。 「お金を払う前に、フィギュアのシリアルナンバーを確認させてもらって良いですか?」  薄毛男は、開口一番にそう言った。 「どうぞ好きなだけ確認してください」  オレはそう言って、フィギュアを箱ごと相手に渡す。この限定フィギュアには一体一体シリアルナンバーが振られていて、オレが手に入れたものは17番だった。  1番とか10番みたいなきりの良い数字だとその分価値も高くなるのかもしれないが、オレは落札前にシリアルナンバーについて尋ねられた時、正直に17番だと答えている。相手もそれを分かった上で、五十万円という値段をつけたはずだ。  まさか今さら、切りの良い番号じゃないから値段を下げろなどとごねるつもりじゃないだろうな、とオレは危惧したが、薄毛男の口から出たのは「ああ、やっぱり17番だ。ようやく見つけた」という呟きだった。  なんだか知らないが、17という数字に思い入れがあるらしい。しかしそんなことは、オレにとってはどうでも良い話だった。 「それで、ちゃんと五十万円は払ってくれるんでしょうね?」  オレが焦れたようにそう尋ねると、薄毛男は「もちろんですとも。どうぞ御確認ください」と言って鞄から分厚い封筒を取り出し、それを手渡してきた。  代金を誤魔化されては堪らないのでオレが万札の枚数を数えていると、薄毛男は「数えながらで良いので、一つ私の話を聞いてもらって良いですか?」と問うてきた。そして、オレがそれに対して返事もしないうちに、勝手に語り始めた。 「私の息子ね、誕生日が1月7日だったんですよ」 「はあ、そうですか」  オレは札を数えながら、おざなりに答える。  こんな人気の無いところで大量の万札を数えていたら、たまたま警官でも通りかかった場合、ヤクの裏取引か何かだと勘違いされかねないので、さっさと終わらせたかった。 「大学生にもなってフィギュアを集めるのが趣味の子供っぽいやつでしたが、私にとっては、死んだ家内との間に生まれた、たった一人の大切な息子でした」  なるほど、フィギュア集めなどとは縁の無さそうなオッサンだとは思ったが、自分ではなく息子のためのものだったか。17番にこだわったのは、息子の誕生日が1月7日だったからか。    ん? ?  そこでオレは、薄毛男が息子について、過去形で語っていたことに気づく。  もしかして、その息子とやらは既に死んでいるのか? 欲しがっていたフィギュアを墓にでも供えてやろうというつもりなのか。泣ける話だ。まあ、オレにはどうだって良いことだが。 「思いもしませんでしたよ。まさかそんな大事な息子が、大学に入って一人暮らしを始めるようになって一ヶ月も経たないうちに、強盗に殺されてしまうだなんて。部屋からは現金や通帳だけでなく、私が合格祝いに息子にあげた限定フィギュアも無くなっていましてね。手に入れるのに苦労した珍しい商品だったので、犯人はきっと売りに来るだろうと思ってあちこちの中古玩具買い取り店をまわっていたんですが……まさかネットで売りに出していたとは。あの親切な人に教えてもらっていなかったら、危うく気づかないままになってしまうところでした」 「え……?」  話を半ば右から左へと聞き流していたオレは、そこに不穏な言葉が含まれていることに気づき、思わず顔を上げる。その途端、こちらに向けて振り下ろされるバールのようなものが視界に入った。避ける間も無く頭部を激しい衝撃が襲い、意識が一瞬飛ぶ。  仰向けに倒れたオレはすぐさま立ち上がって逃げようとしたが、腰が抜けてしまい、上半身を起こすことしかできなかった。  尻を地面につけたまま後退るオレに、ざりっ、ざりっ、と音をたてて砂利を踏みしめながら、薄毛男が近づいてくる。  ち、違う、オレじゃない。オレはただ、このフィギュアを見ず知らずの男から買い取っただけだ。  必死にそう訴えようとするが、舌がもつれて言葉が出ない。 「さっき言った強盗の話……心当たりが、ありますよね?」  そう言って薄毛男は、バールのようなものを振り上げた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!