ネガイゴト

1/13
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
この頃、残業続きで僕は酷く疲れていた。眠い目を擦りながら、早く帰りたくてアクセルを強く踏み込む。このあたりは民家も少ない一本道で、いけないと思いながらも、ついスピードを出してしまう場所だった。 いつも通る古びた神社の前を通りかかったとき、突然目の前に何かが飛び出してきて、慌ててブレーキを踏んだ。 キキー 耳をつんざくような音が、静けさの中に響き渡る。咄嗟に閉じてしまった目をゆっくり開けると、車の前にはキツネの姿があった。 「あぁ、無事でよかった」 心から安堵したら、思い出したようにどっと疲れが押し寄せてくる。キツネは早く通り過ぎたらいいのに、しばらく僕のほうをじっと見ている。細い道なのでどいてくれないと車を発進することができなくて、ハイビームを数回点滅させた。すると、頭を前後に振って、大きな尻尾を申し訳なさそうに下げて去って行った。 その仕草が、なんだかぺこぺことお辞儀をしたように見えて、お礼をしてくれたのかななんて思ってほっこりした。 それからも忙しい日が続き、そんな出来事なんてすっかり忘れてしまっていた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!