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高校三年になった春。
京都の有名神社での合格祈願。
オカンが勝手に親父の出身大学名を
絵馬に書き込んでいる。
「日本の大学は受験する気ないんやけど」
「何言ってんの。一校くらい受けとき!」
「受験勉強せなあかんやん」
「成仁も受かったんやからアンタも受かるやろ」
五つ年上の従兄弟の成仁は
この春に親父と同じ大学を卒業して
母校で働いている。
「成仁は国立大が本命やったやろ」
「そんなん関係あれへん」
オカンとギャーギャー言いながら
拝殿の中に入って祈祷してもらった。
俺は第一志望に受かるよう祈ったからな。
梅の花のお守りを買ったオカンが
小学生になったばかりの弟の手を引きながら
「もう一社行くで!」
と張り切っていた。
早めに合格祈願に来た理由は
そのもう一社に用事があったからやねん。
関東に転勤の決まった親父が
一足先に引っ越すことになっていた。
俺たちは俺の卒業を待ってから
ついていくことにしている。
引っ越しやら方角に関する神様らしくて
小さい神社やけどパワースポットやで!と
スピリチュアル好きなオカンは
無駄に張り切ってた。
商店街沿いにあって
うっかり通り過ぎそうになった俺を
オカンが「ここやで」と呼び止めた。
本殿前にある五芒星と八角を表した石柱が
出迎えてくれる。
俺らの他には誰もおらん。
静かな境内。
オカンが摂社にも丁寧に参拝している間
俺は社務所の前で時間を潰してた。
その時
高校生と中学生くらいの姉妹がやって来た。
「あっ、これこれ。テレビで見たお守り!」
「へー、本当に北斗七星なんだ」
「私たちのためのお守りでしょ」
星のお守りは色々あるけど
北斗七星が刺繍されたお守りというのは
他にはないらしい。
黒い干支守りを嬉しそうに選んでいる。
妹の方は興味なさげにふらっと出て行った。
揺れるポニーテールをぼんやり眺めてると
「さーちゃんもいる?」
俺の方へ弾ける笑顔を向けた。
不覚にもドキッとした。
「あ、ごめんなさい……」
恥ずかしそうにお守りを二つ買って
絵馬を書き始めた。
さっきオカンが書いた学校名の合格祈願。
嘘やろ?
心の声が聞こえてもうたみたいで
パッと書いた文字を隠された。
俺をチラッと見た視線が「見んな」と
怒っている。
笑顔も恥ずかしそうにしてる顔も
怒った顔も、可愛い。
女の子ってこんな表情くるくる変わるような
可愛い生き物やったかな。
せめて名前だけでも知りたかったけど
もう完全に近付くなオーラを出されて
絵馬も見に行くわけにはいかんかった。
俺はアメリカに行くから関係ないんやけど
もう一度会えるなら、と思った。
「俺やっぱり国立大受けとく」
戻って来たオカンに告げた。
「な?アメリカの大学なんて落ちたらええねん」
縁起でもないこと言われながら
鳥居をくぐった。
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