ササヤカな葉

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「知り合いっていうか、恩人というか……多分」 「歯切れ悪いな(笑)」 「西川さん、この時計に見覚えないですか?」 唐突に白い腕時計を見せられた。 「いや、知らんなあ」 「そっか。何でもないです」 露骨にガッカリされた。 「めっちゃ気になるんやけど」 「……大学受験の日に西川さんと似た人にその時計を借りたんです」 「ふーん」 それが成仁かもしれんってことか。 「返したかったんですけど、返せなくて」 「それで大事に持ってるんや」 「借り物なんで捨てられないですよ」 困ったように笑う頬が少し赤い。 「初恋、とか言う?」 奪い取った腕時計を指先でクルクル回した。 「まさか(笑)」 「残念やけど、成仁もう結婚してるで」 「けっ……?」 わかりやすくショックを受けてた。 「ションボリしてるやん」 「思い出の王子様が結婚してると聞いたらショックですよ……」 わかりやすく口を滑らせたって顔をした。 「成仁が王子様ねえ」 成仁は小さい頃から王子と呼ばれて ずっとモテてきたから 一目惚れされるのなんて日常茶飯事。 「やっ、えっと、その人が私の落とした腕時計を拾ってくれたんですけどね?」 「ふーん」 「向こうがかがんでて。立ってる私を見上げた時のポーズが王子様っぽいなーって」 「へー」 必死で言い訳しているのが可愛い。 「落とした腕時計が壊れたからって貸してくれたんです」 言われて話がおかしいと気が付いた。 「待って。マミヤちゃん女子大なんやろ?」 「あ、第一志望は成仁さんと同じ国立大だったんです」 成仁のいる学校を受けには行ったんや。 「落ちたってこと?」 「落ちましたよ。その人とぶつかった時にお守りも落ちたし、縁起悪いねって話したとおりになりました」 「そうなん……」と言い掛けて 国立大受験の日の記憶が一気に甦った。 慌てて腕時計のバンドを外すと 文字盤の裏側を見た。 オカンの誕生日と 『N.N』のイニシャルが刻まれている。 「私はそれ持ち主の誕生日とイニシャルだと思うんです」 どっちもハズレ。持ち主は親父やからな。 「マミヤ……やったんや」 俺もハズレやったけどな。 「えっ?」 「苗字やなんて思わへんやん(笑)」 「何の話ですか?」 「俺の一目惚れの話」 風が吹いて 梅の花びらが舞う。 「えっ、どういうことですか?」 驚いたその瞳が可愛いから言いたくない。 「マミヤちゃん、花びらついてるで」 嘘をついて頭に手を伸ばす。 そのまま優しく髪を撫でた。
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